1医者になってから1番苦労した経験は何か、またどう乗り越えましたか?
井たくまさんが医者になってから1番苦労した経験は何ですか?
2年間の初期研修中に経験した夜間の当直ですね。
上の立場の先生も1人くらいいますが、基本的には研修医が1人で担当しなければならず、その責任の重さに直面したのが1番つらかったです。
私の判断1つで、目の前の患者さんの生き死にが決まることがあるのだなと思い、「これはヤバいな」と思っていました。
そうした気持ち面での大変さは、経験と共に慣れて楽になっていくものなのでしょうか。
いえ、慣れることはなかったですね。
では、どう乗り越えていかれたのですか?
自分に足りない部分を先輩に頼りながら乗り越えました。
例えば、当直中に患者さんの容体の変化への対応に迷ったときには、無理に自分だけで判断せず、他の当直当番の先生に聞くようにしていました。
聞ける先生が院内にいないときには、夜間だからといって遠慮せず、詳しい先生に電話をして適切な処置の助言をもらっていました。
賛否あるやり方だとは思いますが、私は先輩医師に助言を求めることで責任の重さに向き合っていたのです。
困った時に頼れるよう、普段から関係性づくりは重視していました。
コロナ禍以前から「今どきの若者は仕事での飲み会を嫌がる」と言われていましたが、私は積極的に参加していましたし、遊びの場があれば出向くようにしていました。
もちろん、本当に楽しくて参加していた面もありますが、あまり乗り気ではない場にも参加して関係性をつくっておくと、仕事中に困ったときに助けを求めやすくなり、結果自分が楽になれるとわかっていたのです。
また、信頼関係を築くため、とにかく質問したい先生のところに出向き、直接話す機会を設けるようにもしていました。
電話で話すこともできましたが、直接話す機会を増やしたほうが関係性がよくなるだろうと思っていました。
報告もやりすぎて怒られるほどするタイプでしたね。
1番大切なのは患者様の命を守ることであり、究極的に言えば、私の力だけで対処する必要はなく、病院全体で対応できていればいい。
だからこそ、普段から助けてもらえる関係性を築き、分からないことがあればすぐに聞けるようにしていました。
夜間に電話をかけてこられた先生の反応はいかがでしたか?
怒る先生もいました。
その先生にとっては労働時間外なわけで、怒るのはもっともです。
そこは謝りつつ、それでも私が怒られるだけで患者さんが助かるのなら、気にならなかったですね。
仲のいい先生からは「俺が今から行くから待っとけ」と言っていただいたこともあり、やはり関係性の構築が大切だと思っていました。
何かと聞きに行く、報告をしまくるといった行為が、先生方に「こいつが言ってくるなら助けてやらないとまずい」と感じさせるようになっていったのかもしれません。
いい意味での頼りなさ、後輩感みたいなものはあったかなと。
私はいい意味でプライドがなく、聞ける、頼れるタイプだったのがよかったのでしょう。
研修医の期間を終えたあと、医者芸人として2足の草鞋を履くようになってからの大変さはありますか?
実務面で大変なことはあまりありませんが、王道ルートを外れていることからくる不安感はあります。
今後、人口が減って医者の数も必要なくなっていったら、最初に職を失うのは私たちのようなドロップアウトした医者「ドロッポ」だと言われることもあります。
自分で選んだ道ですが、安定を捨てちゃったなという不安が今の大変さですね。