1助産師になってから一番苦労した経験と乗り越え方は?
田中さんが助産師になってから、一番苦労したことについてお聞かせください。
私は元々、計画的にコツコツやりたいタイプなので、イレギュラ―なことが発生したり、急いで行動したりするのが苦手です。
とはいえ、お産の現場はそうもいっていられません。
まわりから叱られたり、自分でも落ち込んだりすることは多くありましたね。
特に、助産師資格を取得した直後は大変でした。
実習でお産の現場に立つのと、実務とでは全然違います。
出産に付随するありとあらゆる業務を覚えて、それをいつ何が起こるかわからない中、こなしていかなければいけないことへのプレッシャ―は大きかったです。
ご自身の特性と合わない部分があったのですね。
どうやって乗り越えたのでしょうか?
今もまだ乗り越えたといえるのかは分かりませんが(笑)。
やっぱり経験を積み重ねたことが大きいと思います。
同じ環境で長く働くと、自ずと業務は覚えていきますし、要領も自分でつかめてきます。
また、前の質問でもお答えしましたが、自分自身の特性を理解することが大事だと思います。
私の場合は、まわりから「その準備は早すぎるんじゃない?」と言われても、先に行動するようにしました。
自分で自分のことを理解して、対処することが大事だと思います。
それに職場の人間関係ができてくると、「ああ、田中さんだもんね」と私が早めに行動することをまわりも分かってくれるんです。
人間関係を築くことも大事だと思います。
私の想像ですが、お産のトラブルがあったときはかなり焦ってしまいそうです。
そうですね。
命の危険があるときにはすごく焦ります。
でも、自分一人で解決しなければいけないことではありません。
むしろ命の危険が予想される時は、絶対自分一人で抱え込まない方がいいですね。
一緒に働いているスタッフに相談したり、産婦人科医の先生に報告したりしながら、対処します。
中には、死に向き合う場面もあると思います。
そのときはどのように対応しているのでしょうか?
ずっと経過を見ていた方が流産や死産されたりすると、私もとても悲しいですし、当然心配になります。
私ができることは、その患者さんに精一杯寄り添うこと。
正直、経験を積んだ今も「あの声かけでよかったのだろうか」とモヤモヤすることもあります。
正解が分からない問いだからこそ、常に自問自答を続けながら、寄り添っていきたいです。
2助産師になってから一番嬉しかった瞬間は?
助産師になってから、嬉しかった瞬間やエピソ―ドについても教えてください。
難しい質問ですね。
もちろん赤ちゃんを取り上げたときの喜びは何にも代え難いものがあります。
私の場合は、妊産婦さんとお話しするのが好きで、単なる助産師と患者という立場を超えて仲良くなれたときがとても嬉しいですね。
ときには妊娠出産の話だけでなく、プライベ―トな話まで深まることもあります。
中には私のSNSを見つけてくれて繋がりが保てたり、次のお子さんを妊娠をされて声をかけてくれる方もいて、そういったその場限りじゃない関係性ができたとき、助産師をやっていて本当に嬉しい、楽しいと思いますね。
妊産婦さんとはどんな話をするのですか?
仕事をする中では妊産婦さんが抱える不安や疑問に答えることが多くて、その時起こっているものだけでなく、いずれ迎える産後のことまで幅広く話をします。
妊産婦さんのお悩みを解消することができたとき、本当に勉強してよかったと思いますし、これからも専門職として知識を提供していきたいというモチベ―ションになります。
田中さんが助産師として性教育に携わっている理由もここにあるのでしょうか?
おっしゃる通りです。
産婦人科で働いていても、性に関する知識で困っている人は少なくありません。
避妊や性感染症のこと、予防するためには何が効果的で、困った時にはどんな手段があるのか、あるいは妊娠するための知識や高齢妊娠のリスクなど、私自身も助産師になるための勉強をするまで確かな知識はなかったです。
本来、性は誰にでも関係することなので、助産師でなくても知るべき情報がたくさんあると思いますし、それを伝えたいです。
実際、講師として性に関する知識をお伝えすると「何が本当のことか分からなかったので助かりました」「安心しました」などの声が寄せられます。
ネット情報が溢れた現代で、調べても何が自分に当てはまるのか結局分からないという人も多くいます。
解決の糸口になる情報を提供できたときは非常に嬉しいです。
3今後の展望やご自身の将来のビジョンは?
今後の目標を教えてください。
助産師として出産の現場に立ち続けながらも、性教育の場に発信する機会を増やしていきたいと思います。
直近では、著書『みがまえなくても大丈夫! 性教育は、こわくない』を出版しました。
性に関する知識がないことで、悲しい思いをしたり、後悔したりする人もいます。
助産師で現場を見ているからこその視点で、科学的に正しい知識をしっかりと伝えていきたいです。
世の中には、「母と子」あるいは「親子」の絶対的な絆を描いたり信じる論調がありますが、私はあまりそれが好きではありません。
実は、私自身が母と関係性が良くなく、良好な親子関係を絶対的に信じることができないのです。
この話をすると「助産師っぽくない」とよく驚かれますね。
私も出産は神秘的ですばらしいことだと思いますが、生まれた後は親も子どもも1人の人間であり、親子関係においても他の人間関係と同じように、日頃のコミュニケ―ションの上で作られていく関係だと考えています。
いくら親でも、自分の意見を尊重してもらえなかったり、大切にしてもらっていないという実感があったり、極論を言うと虐待を受けていると感じる子どもたちにとって、親子関係を絶対的なすでにあるものとして語られることには違和感があるでしょう。
そんな考えがあるからこそ、性教育をする中でとくに気をつけているのが、妊娠出産の壮絶さを引き合いに「こんな大変な出産を乗り越えて産まれてきたんだから大事にしなきゃいけない」という論調で、親子関係や命の素晴らしさを語らないことです。
人によっては、それまで過ごしてきた長い年月のことが無視されているように感じ苦しい思いをしてしまう可能性があることを、忘れてはいけないと思っています。
性教育を通じて多くの人たちに家族としての関わり方も伝えていきたいです。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2022年6月)のものです