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「つらい」をわかってくれる人がいる。
人にも、自分にもやさしくなれる社会へ
【株式会社Mentally代表取締役・西村創一朗】

目次
  1. 社会に恩返しできる仕事がしたい
  2. 精神疾患になるはずがないという思い込み
  3. 自分のこころにも、誰かのこころにもやさしく

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、メンタル不調を感じている人が、同じ状況やつらさを経験した先輩に一対一で相談できるサービスをアプリで提供する西村創一朗さんをご紹介。

自らが精神疾患になったとき、同じ病気を経験した先輩にアドバイスをもらったことが回復のきっかけだったといいます。西村さんが考える自らの使命とは。お話を伺いました。

1社会に恩返しできる仕事がしたい

小6のとき、両親が離婚しました。
専業主婦だった母が家計を担う必要性から働きはじめましたが、過労やストレスが溜まってうつ病になってしまいました。
私は現実を直視したくなくて、サッカーに打ち込みました。
しかし、けがでサッカーもできなくなってからは、私の中でぷつんと糸が切れてしまい、学校も休みがちになりました。

中学3年生になり、担任の先生から進路を尋ねられました。
まったく考えていないと答えると、先生は「あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」という、ジョン・F・ケネディの言葉を教えてくれました。

その瞬間、衝撃が走りました。
今まで不幸を全て家庭のせいにしていたけれど、親のために自分が何をすべきかを考えなければいけないと思ったんです。

それ以降は勉強に打ち込み、高校、大学と順調に進学。
生活保護をはじめさまざまな支援のおかげで大学に通えたこともあって、将来は社会に恩返しができる仕事をするのが自分の使命だと考えるようになりました。

新卒では、大手人材総合会社に就職。
しかし数年経つと、自分自身のスキルに伸び悩みを感じるようになりました。
そもそもキャリアを考えたときに、日本で長年浸透してきた終身雇用制度は崩壊しはじめています。
新卒の会社で最後まで勤め上げるのが難しい時代において、本業だけでなく、なんらかの「かけ算」が必要だと考えるようになりました。

大手人材総合会社時代の西村さん

大手人材総合会社時代の西村さん

そこで注目したのが「複業」です。
私自身大学生のとき、本分の勉強と並行してNPOでの活動に携わっており、本業とは別で活動を並行するメリットを感じていました。
一般的な「副業」はお金を稼ぐことが目的なイメージが強いですが、複業は収入の有無にかかわらず、自己実現や自己成長、社会貢献のために行うもの。
「本業あっての複業」といえます。
まだまだ複業は一般化されていないけれども、今後はもっと複業が普及していくと考えました。

社会人3年目にブログを開始。
いろいろな人たちと意見を交換するうちに、日本は複業禁止の会社が多く、自分のように複業という選択肢を選べる人自体が少ないと気づきました。
そこで、本業を続けながら株式会社HARESを設立。
複業研究家として、大手上場企業からベンチャー企業に至るまで、さまざまな業界の企業に対し、複業解禁に向けた支援をはじめました。
活動を進めるうちに、複業の注目度が上がり、社会的なニーズも高まっていきました。

2精神疾患になるはずがないという思い込み

社会人5年目、第3子の長女が誕生しました。
あまりにも可愛いすぎて、一分一秒でも多く娘と過ごしたいと考えるようになりました。

改めて生活を見直してみると、会社への往復にかけていた三時間が無駄だと感じ、その時間を削れれば、もっと子どもたちと一緒に過ごせると思いました。
そもそも週5日、一日8時間労働自体、絶対ではありません。
人生100年時代、まだまだ社会人人生は長いけれども、娘が幼い時期は今しかありません。
そこで、娘が小学校に上がる2022年をタイムリミットとして、本業の正社員を辞めて、複業の株式会社HARESに専念する、ハーフリタイヤ生活を決意。
「育休的起業」と称して、新しいキャリアを歩み始めました。

「育休」と銘打ったものの、ありがたいことに多くの依頼をいただきました。
海外出張や子どもが病気になるなど、仕事も私生活も大変な出来事が重なり、非常に多忙な生活を過ごしました。

知らず知らずのうちにキャパオーバーになっていて、ある日、またしても糸がぷつんと切れるように、突然ベッドから起き上がれなくなりました。
景色も、文字通りモノクロに映り、なんのやる気も起きなくて、取引先や友人との連絡を完全に断ち切りました。
毎日ただただ寝続けて、たまに動画や漫画を見ても、内容がまったく頭に入ってこなくて。
家族や取引先への申しわけなさばかりが募り、生きているのがただただしんどかったです。

でも、自分は子宝にも仕事にも恵まれて、人生は順風満帆。
かつての母親のように、厳しい状況下にあるわけではありません。
こんなにも恵まれている自分は精神疾患とは無縁だろうと、病院にも行かず、ただただ寝続ける毎日を過ごしました。

3ヶ月ほど経ったある日、精神状態も少し落ち着き、久しぶりにSNSを開きました。
すると知りあいから「元気?元気じゃないと思うけど、何かあったらいつでも話を聞くよ」とのメッセージがありました。
その連絡を受けて、勇気を出して彼に連絡。
話を聞いてもらう中で、彼も精神疾患にかかった経緯があると知り、アドバイスをもらいました。
そしてようやく、精神科に行く決意ができました。

通院後、投薬治療など、医師のアドバイスをもとに行動をしていき、徐々に体調が回復。
顔向けできないと思っていた取引先にも連絡しました。
すると「いつでも待っているよ」と温かいメッセージばかりで。
こころがほっとしました。
周りの支えのもと、少しずつ仕事を増やしながら、社会復帰していきました。

その後も2回のメンタルダウンを経験。
しかし1回目の経験もあって、徐々に回復するまでの時間が短くなりました。
自らのメンタルが徐々にコントロールできるようになったんです。

2020年6月、自らが決めた育休的起業のタイムリミットが近づき、改めて自分が今後何をしていくかを考えました。

私が仕事をするのは、社会に恩返しをするため。
もっと詳しく言えば、私の子どもたちが大人になったときに、今よりも良い世の中にしてバトンを渡すためです。
自分一人で社会を変えられるほど簡単ではないけれど、子どもたちの未来に向けて仕事をしているんだと、胸を張って仕事に取り組んできました。
これからも、この軸はブラさずに生きていきたいと思いました。

その前提で、これまで自らの使命としてきた複業や採用、人事の領域の未来に思考を巡らせてみました。
すると、あまりワクワクしなかったんです。

私が複業研究家を名乗り始めたときは、まだ世の中が変わる前のタイミングで、変えていくことに大きなモチベーションを感じていました。
しかしここ十年で、働く人を取り巻く環境は大きく変化。
複業に関しても、2013年には複業禁止の会社が96%だったのに対し、ここ数年で半数以上の会社が複業を解禁しました。
複業はすでに当たり前の選択肢として、社会に認識されるようになっています。
自分は0→1や1→10で、全力を尽くした。
これからの50→100の段階は、自分ではない誰かがつないでくれるだろうと、以前のような使命感は抱けなかったんです。

それよりも、0→1の夜明け前の段階の課題解決に取り組んで、世の中が変わる一歩目を生み出したい。
そう考えたときに思い浮かんだのがメンタルヘルス領域でした。
今の日本はメンタルヘルスへの認識が遅れています。
「精神疾患になったら人生終わり」「精神疾患はマイナスに評価される」といった価値観を持っている人も少なくありません。
自分自身、過去に3回のメンタルダウンを経験しましたが最初は、メンタル不調で、病院や精神科を受診するのに心理的抵抗がありました。

精神疾患を抱えている人は、自分の状態をひた隠しにせざるをえません。

自分のこころにも、誰かのこころにも、やさしくない世の中になっていると感じました。

メンタルヘルス領域ではすでに、カウンセリングサービスがいくつか生まれていますが、やはり日本人にはカウンセリング自体の精神的、金銭的なハードルが高く、それらのサービスを利用する決意ができる人はひと握りにすぎません。

私がメンタルダウンを乗り越えられたのは、たまたま受診のきっかけをくれた周りの人たちとの出会いがあったからで、もし、彼らと出会えなかったらと思うとゾッとします。

世の中には運と縁に恵まれず、ずっと暗いトンネルの中から出られない方もたくさんいます。
もしつらい状況の方が、同じような境遇や病気で苦しんでいた過去があり、バックグラウンドの似ている人に出会え、相談ができれば、現状を変える一歩を踏み出せるかもしれない。
精神科やカウンセリングの一歩前の段階におけるメンタルヘルスケアを充実させ、自分のこころにも、誰かのこころにも、やさしくなれる時代をつくる。
これこそが自分にしかできない仕事だと考え、メンタルヘルスでの起業を決意しました。

3自分のこころにも、誰かのこころにもやさしく

2021年10月、株式会社Mentallyを創業しました。
メンタル的なつらさを感じている人が、自分と同じ悩みや同じ病気を経験し、それを乗り越えて元気に働いている人たちに相談ができるウェブアプリを今春リリース予定です。

メンタルヘルスの問題において、解決策として一番適切なのが、医療機関を受診して適切な診断や処方、カウンセリングを中心とした認知行動療法など、医学的なエビデンスのある治療を受けることです。
しかし、そこにアクセスするハードル自体が高いのが現実です。
自分自身、はじめてのメンタルダウンのときは、半年以上の期間、病院に行かずに過ごしてしまいました。
私の他にも、「自分はそこまで深刻ではない」「精神科に行くと、薬漬けにされてしまうかもしれない」などの誤解を抱いて、一歩踏み出せずにいるケースは多いと思います。

自分がその状態から抜け出せたのは、同じ精神疾患に苦しんでいて、それを乗り越えた経験のある先輩の存在でした。
とはいえ、自分はたまたま運と縁に恵まれていたから先輩に相談する機会が得られただけ。
どんな人も、運や縁に依存せず、精神疾患の回復への小さな一歩を踏み出せるような、踏み台となれるサービスが必要だと考えました。

想定ユーザーは、受診前の人や治療中の人です。
受診前の人たちには、身近な人に話す気楽さで相談できて、経験者ならではの具体的な経験談を聞いて、メンタルクリニックやカウンセリングの受診へのハードルを下げていただけたらと思います。

治療中の人たちにとっても、治療を共に伴走する存在となります。
精神科医たちにヒアリングしたところ、治療を開始しても医師は診察と処方はできるものの、経験者として寄り添えない点を課題として挙げていました。
共感して傾聴できるのは、経験者だけです。
伴走するメンターとしての経験者の存在は、自らの精神疾患を受け止め、自分のこころを認める機会になると考えています。

メンターにとっても相談に乗ることで、誰かのこころにやさしくなれるだけでなく、自分の精神疾患の経験を肯定でき、自分のこころにもやさしくなれる機会だと思っています。
Mentallyの事業を通して、やさしさの循環をつくっていけば、こころのつらさは一人で抱え込まずに、誰かと共有できるものだという当たり前が広まると思います。

いずれは「精神疾患になったら人生終わり」というような価値観ではなく、アスリートがけがをしてもリハビリをして復帰するように、精神疾患になっても、復帰できるのが当然とされるような世の中にしたいです。

ウェブアプリ「mentally」サービス紹介サイト

ウェブアプリ「mentally」サービス紹介サイト

Mentallyのロゴにもあるように、日本のメンタルヘルスはまだ夜明け前の状態です。
Mentallyの活動を通じて、メンタルヘルス業界の日が昇り、いろいろな理由で「つらい」と感じている人が、もっと気軽に悩みを相談、解決できる社会を目指していきたいです。

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ご協力ありがとうございました
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