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サンゴから伝える生物多様性。
研究と教育の両輪で新たなマーケットをつくる
【株式会社イノカ代表取締役CEO・高倉葉太】

目次
  1. サンゴは最高のロボット
  2. 「サンゴがおもしろい」が繋いだ縁で会社を創業
  3. 生物多様性を新たなビジネス市場に

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、株式会社イノカの代表取締役CEOの高倉葉太さんをご紹介。

子ども時代からアクアリウムで水生生物を飼うことが好きだった高倉さん。しかし、長年アクアリウム業界で働こうと思ったことはなかったと言います。そんな高倉さんを変えさせ、ベンチャー企業立ち上げに至らせたきっかけとは。お話を伺いました。

1サンゴは最高のロボット

子どものころ、私の家には父の水槽があり、魚や水草といった水生生物が飼われていました。
父の影響を受け、生き物への好奇心やきれいな水槽を作りたいという思いで、飼育に夢中に。
しかし、同年代で本格的な水生生物飼育について話せる相手がいなかったので、アクアリウムで水生生物を飼っているおじさんおばさんと親しくしていました。

中学2年生のころ、アップル社から発売されたiPhoneに衝撃を受け、スティーブ・ジョブズに憧れを抱きました。
いつかiPhoneのようなものを作って社会に出したいと思うようになり、工学部へ進学。
ものづくりに取り組み、財布につけるデバイスの開発を行ったり、学生起業でハードウェアメーカーを立ち上げたり、さまざまなチャレンジをしました。
しかし、iPhoneに出会ったときのような感動には巡り会えないままでした。

ものづくりに取り組む一方、アクアリウムでの飼育熱は薄らいでいました。
高校時代までは年上ではありながらも趣味を同じくする友だちに恵まれてきましたが、東京にきてそうした繋がりはゼロに。
水槽に興味を持ってくれる人、見に来てくれる人がいなかったのも、熱が冷めていった理由でした。

学生時代つくっていたアクアリウム

学生時代つくっていたアクアリウム

大学院生になったあるとき、NPO法人が運営している大学生向けの起業家支援塾に参加しました。
そこで出会った教育系事業会社の代表者に「アップル社がすごく好きで、でも作りたいものは決まっていなくて。世界に衝撃を与えられるような新プロダクトを世に出したいんですよね」と自己紹介をしたところ、その漠然とした内容に「そんなにアップル(りんご)が好きなら、梨っていう会社でもつくってろ」と厳しい言葉を返されました。

ハッとさせられましたね。
ものづくりはあくまでも手段なのに、目的化してしまっていたんです。
その代表者からは、「君には何か自分の芯はないのか?」とも問いかけられました。
そこでパッと思い浮かんだのがアクアリウムでした。
しかし、大学生以降は熱が冷めていましたし、アクアリウム業界は憧れてきたアップル社とはかけ離れたところにあるものだと感じていました。
仕事にするには、何となくパッとしない。
そんなネガティブな気持ちを吐き出すと、彼に「君はアクアリウム業界のことをちゃんと見たのか?」と指摘されました。
確かに、彼の言う通りでした。
先入観による印象が強く、きちんと業界全体を見たことはないと気づかされたんです。

そこから、利用しているアクアリウムショップの店長、メーカー、業界の著名人たちに話を聞きに行きました。
アクアリウムを手掛けるアクアリストたちから話を聞く中で、アクアリウムの水槽はただ見た目がきれいなだけではなく、生き物の魅力を世の中に伝えられるものであること、研究者に負けず劣らず生き物に高い熱量を持っているアクアリストがいることを知りました。

業界のことを調べれば調べるほど夢中になり、止まらなくなりました。
同時に、生命そのものにもおもしろさを感じるようになりました。
生命の起源についての本に「ミクロに細胞の中を見ていくと、中には工業機械の仕組みと同じようなものが入っている。人間が20世紀にがんばって発明したテクノロジーは、生命の中に何億年も前から当たり前のように存在してきた」と書かれているのを見て惹かれたんです。

生命はある意味でロボットと同じようなものでもあると言え、生命はその化学反応を何億年もかけて進化させてきた存在なのだと感じました。
人間はおにぎりを一つ食べれば半日ほど生きられますが、パソコンやロボットは、おにぎりをエネルギーに変換することはできません。
「当たり前だ」と言われるでしょうが、それは当たり前ではなく奇跡的な進化を遂げた結果なんです。

さまざまな水生生物がいる中で、特におもしろさを感じたのはサンゴでした。
サンゴは人とは別の仕組みでエネルギーを循環させていて、究極的に言うと最高のロボットだと思うようになったんです。
ずっと関心を向けてきたものづくりやテクノロジー、アクアリウムで興味を抱いてきた自然や生命にはクロスする部分がある。
もっと学ぶべきことがたくさんあるのではと思うようになりました。

2「サンゴがおもしろい」が繋いだ縁で会社を創業

まずはアクアリウムにITを掛け合わせる取り組みを始めました。
アクアリストの知見や海外から集めた情報を翻訳し、メディアで情報発信を行ったり、アクアリストに飼育法を書いてもらうサービスを立ち上げたり。
一緒に取り組むことになった仲間もテクノロジーに長けている人だったため、強みであるIT技術を使ってアクアリウムをもっと便利に楽しめるサービスを作ろうと決意しました。

サンゴ好きのお客さんの一人から、「おまえら、まだまだアクアリウムのことをわかってないよ」と話しかけられたのを機に、彼の住む栃木県宇都宮市まで会いに行くことに。
私たちを出迎えてくれた彼は、決して穏やかとは言えない見た目で、しかも黒塗りのバンに乗って現れました。
不安を募らせながら山奥まで連れて行かれた私たちに、彼が見せてくれたのは大きな水槽で飼われている美しいサンゴ礁でした。
「これほどの水槽でサンゴを上手に飼える人がこの世に存在するのか」と圧倒されました。

訪れた家で美しいサンゴ礁に圧倒され撮影する高倉さん

訪れた家で美しいサンゴ礁に圧倒され撮影する高倉さん

彼は高校卒業後、地元工場で働き、学生時代にはかなりのやんちゃをしてきたという経歴の持ち主です。
私とは真逆のタイプで、アクアリウムという共通点がなければ出会うことはなかったのではないでしょうか。
彼の豊富な知識量に驚かされ、学校で学ぶ勉強が全てではないこと、やっぱり「好き」の力はものすごいパワーがあるということに気づかされました。

彼のような才能ある人間を社会で活躍できるようにすることが、学歴ばかり重ねてきた自分のような人間のやるべきことかもしれないとも思いました。
アクアリストの知見を集合知的に集め、ビッグデータにして何かに活用しようと想定していましたが、彼のすごさを目の当たりにし、まずは彼のサンゴ飼育技術を活かしていこうと決めました。

彼をチーフ・アクアリウム・オフィサー(CAO)に迎え、チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)と私との3人で株式会社イノカを設立。
好きがゆえにどんどんのめり込んでいき、その流れで会社ができた感じです。

ベンチャー企業やその卵が集うオフィスで日夜、何をしていこうか考えていました。
「ここに水槽を置いたらいいじゃん」との提案を受け、水槽を置かせてもらうと、実物を見て私たちの取り組みに興味を示す人も出てきました。
「おもしろい取り組みだね」と言われることもありましたが、「ここと同じように、サンゴの水槽を会社に置いてみませんか?」という商談は上手くいきせんでした。

オフィスに置かれた水槽を訪れた人が囲む様子

オフィスに置かれた水槽を訪れた人が囲む様子

水槽を見て「きれいだね」で終わってしまう人もいて、このままだとダメだと思っていたとき、ダイバーの女の子から「わざわざ海から魚を連れてきてかわいそう。一体、何のためにやっている取り組みなんですか?」と尋ねられ、ハッとしました。
自分がサンゴのおもしろさばかりに気を取られていたことに気付き、サンゴを取り巻く環境問題や「なぜ今サンゴなのか」という大義と向き合わなければいけないと考えるようになりました。

商談でも「ただインテリアとして置く水槽ではなく、実験も行っていくもので、環境問題の普及や啓蒙にも使ってください」と伝えるようにしていましたが、それでもなかなか水槽を置いてくれるところは見つかりませんでした。
そこで、まずはサンゴについて知ってもらうため、大人向けにサンゴの株分け体験、サンゴ礁の説明をするイベントを開いてみることにしました。
初回は準備も不十分で、当日までバタバタしての開催でしたが、感触はよかったです。

そのイベントの2ヶ月後くらいには、コワーキングスペース側から声を掛けられ、親子向けイベントを開催することに。
教育系化学番組に出ている女性との共同イベントで、彼女を参考にすることで子ども向けイベントを開くときのヒントも得ることができました。
子どもだけではなく、連れてきた大人がサンゴに夢中になってくれる様子が見られたのがうれしかったです。

そんな取り組みを見ながら、私をアクアリウムに向きあわせてくれた教育系事業会社の代表から、「やっぱりイノカは教育に取り組んだ方がいい」とアドバイスを受け、もっときちんと実績をつくろうという話になりました。
教育系事業会社からの支援も受け、虎ノ門で「東京のど真ん中でサンゴにふれよう」というイベントを開催することにしたんです。
座学の勉強では、子どもを夢中にさせることはできません。
いかに楽しみながら学べるのか、学んだ前後で子どもたちがどう変化するのかといった点を重視して企画しました。

イベントは成功。
「こういう取り組みをやっています」と説明できる実績をつくれたことで、「うちでもやってくれ」「うちのオフィスにも水槽を置かせてくれ」と仕事のご縁が広がっていきました。
イベントをブラッシュアップして「サンゴ礁ラボ」というプログラムをつくったことで、企業のイベントや販促イベントに出向く機会も増えていったんです。

2020年8月、アフリカのモーリシャス沿岸で貨物船重油流出事故が発生しました。
被害に対応するため各領域のプロフェッショナルが派遣される中、「サンゴ礁の回復をイノカに任せたい」と依頼していただきました。
しかし、サンゴ領域だけ、立ち上げまもないイノカに任せることに賛否両論があったようです。
英語をフルに使った仕事が初めてだったこともあり、強い緊張に襲われていました。

しかし、実際にCAOと2人で現地に行ってみたところ、思っていたよりコミュニケーションに苦戦することはありませんでした。
CAOは英語が全然できないにもかかわらず、生き物の英名の知識が豊富で、私が現地水族館スタッフと話しているときに詰まると、「あれですよね!」と入ってきてくれることがありました。
いいコンビで仕事ができたように思います。

モーリシャスにてサンゴ礁の回復に努める高倉さん(写真中央)

モーリシャスにてサンゴ礁の回復に努める高倉さん(写真中央)

モーリシャス沿岸は、海やサンゴが大きな経済価値を生んでいる地域です。
しかし、現地の人はサンゴが島を守り、漁場を形成しているといった事実を知りませんでした。
モーリシャスに限らず、生物多様性を守る意味をきちんと伝えていかなければならない。
日本だけではなく、グローバル規模で仕事をしていきたいと思うようになりました。

3生物多様性を新たなビジネス市場に

現在は、イノカで教育事業と研究事業の2軸を展開しています。
実績を積み重ねてきたことで、研究事業にも力を入れられるようになりました。
今後20年で8~9割が死滅すると言われているサンゴ礁をアクアリウム内に再現し、身近な存在にすることで、誰でも手軽に研究ができるようにしたい。
イベントで生物多様性について知ってもらうことで、サンゴ礁を守る意識を育てていきたいと思っています。

世界規模では、生物多様性は気候変動と並ぶ環境問題です。
脱炭素が数値的目標として掲げられ、企業が数字を公表したり予算を付けたりするようになったのと同じ動きが、生物多様性においても求められています。

イベントで子どもたちにサンゴ礁をを通して、生物多様性について解説する様子

イベントで子どもたちにサンゴ礁をを通して、生物多様性について解説する様子

企業の社会的責任としてサンゴ保全を掲げている企業の社員ですら、実物を見てどれがサンゴかわからないといった様子が見られます。
私たちはそうした企業でもセミナーを行っていきたいです。
環境に関わる事業をするとどうしても収益性を高めるのが難しいと思われがちですが、利益を得ることも大切なことなので、世論や企業を動かし、生物多様性に予算を付けられる状況をつくりたい。
そうして生物多様性のマーケットを育てて、新たなビジネスチャンスを創出していきたいと思っています。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年11月)のものです

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