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障がいのある人のアートに衝撃を受ける。
圧倒的個性をブランド化し、世界へ発信
【株式会社ヘラルボニー代表取締役・松田崇弥】

目次
  1. 兄が描いた「ヘラルボニー」のロゴ
  2. アート×福祉で障がいのイメージを変える
  3. 自閉症の兄が幸せになる社会をつくる

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、株式会社ヘラルボニーの代表取締役・松田崇弥さんをご紹介。

先天性の自閉症がある4歳年上の兄とともに育った松田さん。いつかは福祉業界に関わりたいと思いながら働く中で、地元にある美術館で見た、障がいのある人のアート作品に衝撃を受けました。福祉を軸に多くのクライアントとプロジェクトや商品を世に送り出している松田さんの思いとは。お話を伺いました。

1兄が描いた「ヘラルボニー」のロゴ

小さい頃から絵を描くのが大好きで、学校で「松田くんは絵が上手だね。すごいね」と言われてきたので、きっと自分は上手な方なんだろうなと思っていましたね。
将来はデザイン系の仕事ができればいいなと思っていて、東京の美術大学を目指して勉強していました。

4歳年上の兄は先天性の自閉症があったので、小さいときから福祉業界の人との関わりもたくさんありました。
業界の人から「特別支援学校の先生になればいいんじゃない」と言われたこともあって、30歳までには福祉の領域で何かしらの勝負をしてみたい、何か面白い事がやりたいと漠然と思っていましたね。

8歳のころの松田さん(中央)

8歳のころの松田さん(中央)

一方で、親戚から「お前は兄貴のぶんも一生懸命生きろよ」と言われたり、近所の人から「お兄さんはかわいそうだね」と言われたりしていました。
自閉症でも兄は普通に楽しそうに生活をしているのに、すごく失礼なことを言うなと思っていましたね。

高校生のとき、東北芸術工科大学のオープンキャンパスに行き、大学の客員教授で放送作家の小山薫堂さんの講演を聞きました。
小山さんは「企画って最強だ。面白い企画を考えれば、『この指止まれ』でデザイナーやクリエイターなど、たくさんの人を巻き込める」と話していました。
そんなことが本当にできれば、きっと楽しい仕事ができる。
僕は企画を勉強したいと思い、東北芸術工科大学に進学しました。

大学の卒業制作で「常識展」という作品を作りました。
「社会にあふれている常識は、本当に常識なのか」がテーマです。
例えばインドに行って水道水を汲んで日本に持ち帰り、日本の水道水と一緒に並べて、「これが日本とインドの普通の水道水です」と展示。
東京でホームレス生活をしている人が花壇に花を植えている様子が幸せそうだったので、その様子を撮影した写真も展示しました。

常識展のテーマの1つとして、自閉症の兄のことを取り上げようと、ドキュメンタリー番組のように撮影していた時期がありました。
兄のことをもっと調べようと、部屋の押し入れを調べていたら、大量の自由帳や日記帳が出てきたんです。

自由帳を見ていると、テレビ番組やブランドのロゴを模したイラストがたくさん描かれていました。
そして、ところどころに「ヘラルボニー」と書かれたロゴがありました。
どんな意味があるのかわからず、気になって調べてみたのですが、ネットで検索しても引っかかりませんでした。
兄に聞いても「わからない」と言っていました。
意味はわからなかったけど、とても面白い言葉だと思いましたね。

2アート×福祉で障がいのイメージを変える

大学卒業後、小山さんが社長を務める広告代理店に入り、クリエイティブの仕事を手掛けるようになりました。

社会人2年目の夏、実家の岩手に帰省していたとき、母親に「るんびにい美術館に行ってみない?」と誘われました。
るんびにい美術館は社会福祉法人が運営していて、障がいのある人が描いたアート作品が展示されています。
僕は行ったことがなかったので、母親と一緒に行ってみることに。

美術館で作品を見て衝撃を受けました。
健常者とは違う作風や作り込みの絵がたくさん展示されていたんです。
僕も絵を描いていましたけど、絶対自分には描けない作風でしたね。
カッコよすぎると思いました。
僕は僕なりに福祉の領域に関わってきたつもりでした。
でもこんな素晴らしい絵を描く人が福祉業界にいることを知りませんでした。

僕は今、企画を考えたりプロデュースをしたりする仕事をしています。
この企画力やプロデュース力を福祉とアートに絡めれば、何か面白いことができるんじゃないか。
興奮を抑えきれなくなった僕はすぐに双子の兄に電話し、「アート×福祉で何かやろう!」と熱く語りました。
兄も「やろう」とすぐに応じてくれました。

思いを形にするため友人たちにも声をかけ、4人でチームを組み、早速、るんびにい美術館に企画書を持ち込みました。
すると、作家さんの絵を使わせてもらえる許可をいただけました。

作家さんの絵をどんなことに展開するか、4人で毎週集まって会議を重ねました。
「作家さんの個性的な作品を最大限表現できるものって何だろう」と話しあううちに「高級素材のシルクに、絵を編み込めるとカッコいいかも」という意見が出ました。
確かに、シルクに編み込めば、斬新でカッコいい。

そんな、シルクのカッコよさを最大限引き出せる商品は何だろうと挙げた商品の中から、「とりあえず、ネクタイでやってみようか」という結論になりました。
また、どうせ作るなら、安い商品ではなく、最高級のものを作ろうと思いました。
以前、障がいのある人が作ったレザークラフトが500円で売られていたのを見たことがあり、それだと材料費にすらならないと思っていたからです。
僕たちは、作家さんにきちんと利益を還元したいと考えたんです。

僕らはネクタイを作る工場に片っ端から電話して、交渉しましたが、断られるばかり。
作家さんの絵から展開すると、普通のネクタイを作るよりも作業工程が多くなるので、対応できないというんです。
それでも諦めず、各地の工場に連絡をしました。
すると、あるネクタイ工場の方が「東京の銀座に本店を構えるメーカーは世界最高品質のネクタイを作っている。そこならできるんじゃないかな」と教えてくれたんです。

すぐに営業担当である双子の兄がアポなしで企画書を持って行きました。
先方は「素晴らしい取り組みですね」と快諾してくれました。

ネクタイ作りと並行して、ネクタイ作りの資金を集めるためのクラウドファンディングにも着手していましたが、ある日、一気に支援金額が増えていたので調べてみると、ある人気女優の方が私たちの取り組みを多くの人にシェアしていたことがわかりました。
この反響がとても大きく、クラウドファンディングは目標金額に達しました。

完成したネクタイ。商品名には作家の名前がつけられている

完成したネクタイ。商品名には作家の名前がつけられている

その後、文化庁が主催する障がいのある人の美術展示会で展示販売することが決まりました。
ブランドができて3ヶ月後の出来事だったので本当に驚きましたね。
さらには代官山の書店でのポップアップ展示販売も決まりました。

ネクタイは自分たちが思っている以上に売れ、このやり方なら戦えるとわかりました。
障がいのある人の表現を圧倒的な個性として価値をつけ、「『障がい者』だからかわいそう」という社会的バイアスがかかっている現状を打破してみせる。
その思いから僕は双子の兄と会社を作る決意をしました。

会社名をどうしようかと考えていたとき、自閉症の兄の描いた「ヘラルボニー」という言葉を思いだし、これだと直感。
2018年に「株式会社ヘラルボニー」を立ち上げました。

3自閉症の兄が幸せになる社会をつくる

現在は双子の兄とともに株式会社ヘラルボニーを経営しています。
クライアントと一緒にプロジェクトを立ち上げたり、商品を作ったりしています。

僕らはヘラルボニーを「福祉実験ユニット」と呼び、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障がいのある人のアート作品をプロダクトに落とし込んで「HERALBONY」というブランドで販売しています。
建設現場の真っ白な仮囲いに、期間限定でアートを掲出して街を彩る「全日本仮囲いアートミュージアム」も展開しています。

今後は100万人規模の都市に店舗拠点を持ちたいです。
拠点を持つことができれば、各地の福祉施設や作家さんとの提携もしやすくなり、もっと多くの作家さんに表現の場をつくれるからです。
障がいのある人が得意なことに、ヘラルボニーが価値をつけ世の中に提供していく。
アート以外の分野、例えばホテル業界や飲食業界などにもヘラルボニーが価値を提供できるようにしたいと思っています。

僕の判断基準の根底にあるのは、4歳年上の兄が幸せになれるかどうかです。
兄の幸せの基準の1つとして、きちんと働けて稼げるという基準もあります
が、いまのヘラルボニーでは、自閉症の症状が重い兄は関われません。
究極の目標は兄をヘラルボニーで雇用することです。

兄のような障がいのある人が稼げて人気者になれる環境をつくりたい。
そのために「障がい=欠落」というイメージを変えていきます。
障がいのイメージが変われば、兄の生き方も変わると思っているので。

るんびにい美術館前にて撮影。左から松田文登さん、長男の翔太さん、崇弥さん。

るんびにい美術館前にて撮影。左から松田文登さん、長男の翔太さん、崇弥さん。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年6月)のものです

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