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なぜ、高齢者の住まい探しは難しいの?
不動産業を通じて、社会問題解決に挑む
【不動産会社の代表・鮎川沙代】

目次
  1. 震災がきっかけで上京、起業
  2. 高齢者が入居できない2つの理由
  3. 天寿を全うできるお手伝いを

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、東京で不動産会社を経営する鮎川沙代さんをご紹介。

東日本大震災をきっかけに「被災者の雇用をつくりたい」とスーツケース1つで上京した鮎川さん。自身の家探しで感じた不動産屋の不満から、顧客に寄り添う不動産会社を経営しています。そんな鮎川さんが現在、高齢者の住まいに関する問題解決に取り組む背景とは。お話を伺いました。

1震災がきっかけで上京、起業

九州の出身です。
高校卒業後は地元でいくつかのアルバイトをしながら生活をしていました。
いろいろな経験を積みたかったのと、お金よりも時間を自由にしたいという思いがあったからです。

28歳のとき、東日本大震災が起きました。
仕事先のテレビから流れる東北の被災地の映像からは、今まで見たことない被害の様子が流れていて、衝撃を受けました。

なんとかして被災者の役に立ちたい、私にできることは何だろう、と考えるようになりました。
お金はないから寄付は難しい。
被災地にボランティアへ行くことも考えましたが、体力が続くのかという不安もありました。

ある日、震災によって被災地に住む若い人たちの雇用がなくなっているというニュースを見ました。
そのとき、私は直感で「被災者の雇用ならつくれるかもしれない」と思いました。
私は被災地の若者が集まる東京で起業し、雇用をつくる決意をしました。
すぐに仕事を辞め、2011年6月、上京しました。人生で初めての上京でした。

家も仕事も知り合いもいない状態で東京に来たので、まずは家を探さないとと思い、不動産屋を訪ねました。
しかし、仕事がないので家を借りることができないと言われました。
また、家を借りるには敷金や礼金などまとまったお金が必要なのも知り、まずはアルバイトを探すことにしました。
日中はアルバイトで、夜はネットカフェで寝泊まりする日々が続きました。

アルバイトをしながら、ある程度の資金ができたので、アパートを借りるために不動産屋を改めて尋ねました。
すると、不動産屋のスタッフはいきなり、いくつかの物件資料を見せてきて「どの部屋にしますか?」と聞いてきたんです。

私は戸惑いました。
上京したばかりで東京の土地勘もないのに、紙やサイトの情報だけで住む家を決めるなんて。
同時に、家を探している人たちはみんな、こんなプロセスで大事な住まいを決めているのかと驚きましたね。
結局、私は不動産屋の営業マンに勧められるままに物件を契約することにしました。
家賃が1ヶ月無料になると言われたので、それならいいかと思ったんです。

しかし、契約前日になって不動産屋のスタッフから連絡があり、「家賃の無料は1日分だったので、残りを現金で持ってきてほしい」と言われました。
不満でしたが、私はお金を払いました。

対応があまりにもひどいなと思い、ネットで調べてみると、不動産業界への不満であふれていました。
不動産業界の対応が悪い原因を調べていくと、営業マンの給料が歩合制で、高い給料が保証されていないことが一因にあるとわかりました。
物件を契約すればするほど、営業マンの給料はあがる。
営業マンはお客のためでなく、自分の給料のために物件を勧めているなと思いました。

進学や就職で地方から東京にやってくる人はたくさんいます。
その人たちが私と同じように東京での部屋探しに不満を持つのは嫌だなと思いました。
そんな人を一人でもなくすには、住む人にもっと寄り添える不動産屋さんに私がなればいい。
上京して数ヶ月後に不動産会社で働き始め、その後、縁あって同社の経営を任されるようになりました。

2高齢者が入居できない2つの理由

物件を探しているお客さまに対し、私は徹底的な顧客目線で寄り添いました。
通常の不動産屋が提示する場所や地域の条件だけでなく、お客さまの趣味や性格、好きなこと、お酒を飲むかなど、個人のことをたくさん聞くようにしました。
お客さまの趣味嗜好を把握した上で、星の数ほどある東京の物件から最適なものを見つけたかったんです。

上京するお客さまの中には、東京のことをほとんど知らないまま来店する方もいます。
そんな方の最初の東京暮らしが充実したものになってほしいという思いで、最適な物件を一緒に探しました。
入居後のお客さまの満足度は非常に高く、お礼の言葉をたくさんいただきました。
手書きの手紙を送ってくれる方もいましたね。
口コミや紹介でどんどんお客さまが増えていきました。
快適な東京暮らしのお手伝いができて、とてもうれしかったですね。

数年たつと、以前利用したお客さまが「鮎川さんのところでまた部屋を探したい」と、訪ねてくれるようになりました。
賃貸物件の仲介業は、住む地域の業者を使うのが一般的なので、リピーターになることはほとんどありません。
本当にうれしかったですね。

こうしたお客さまは物件探し以外に、仕事や恋の悩みを聞いてほしいと来店するんです。
起業したときには、お客さまとこうしたつながりが生まれるとは思っていなかったので、うれしい誤算でしたね。

仕事を続けるうちにさまざまな境遇のお客さまと出会いました。
収入面に不安のある方、水商売の方、外国籍の方、ゲイやレズビアンなどLGBTのお客さまもいました。
お客さまが100人いれば100通りの家の探し方があると思っていたので、私は丁寧にお客さまの話を聞いていきました。
来てくれたお客さまには、なるべく希望に添う物件をご紹介しました。

しかし、高齢のお客さまの物件探しはうまくいかないことも多かったです。
いろいろな賃貸物件のオーナーさんにお願いするものの、なかなか契約まで到達しないんです。
物件が見つからず、「次は必ず探します」と帰ってもらったこともありました。
住む家を見つけられなかったことがショックでしたね。

なぜ高齢者の成約ができないのか、賃貸物件のオーナーさんに改めて聞いてみると、2つの理由がありました。
孤独死と認知症です。
高齢者が一人で入居して何かあったときは、周辺の住民に迷惑をかけるから嫌だと言うんです。

私は違和感を覚えました。
確かにそういう問題も考えられる。
でも、長く生きていればみんな高齢者になって、自分だって当事者になるのに、周りに迷惑をかけるからという理由で排除するのは納得できないと思ったんです。

今は難しいかもしれないけど、この問題はきちんと解決しないといけないと思いました。
住む家の不安をなくし、高齢者が死ぬまで笑顔で生活できるお手伝いをしていきたいと思ったんです。

しかし、調べるうちに不動産仲介業として問題を解決するのは難しいと感じるようになりました。
仲介業者として高齢者に物件を紹介しても、オーナーさんから「何かあったら責任を取ってくれるのか」と言われてしまうんです。

それなら高齢者が入居する物件を管理する会社を新しくつくり、高齢者をきちんと見守れる仕組みを生み出そうと思いました。
高齢者が孤独にならないように会社で見守り、認知症への対応も私たちで対応することにしたんです。
この仕組みはオーナーさんから好評で、とても感謝されました。
高齢者の方々が入居できるようになって、本当にうれしかったですね。

3天寿を全うできるお手伝いを

2021年には高齢者が心地よく暮らせるアパートを神奈川県藤沢市に建てました。
アパートの敷地内にはカフェやランドリー、介護施設も併設されています。
カフェやランドリーで入居者に働いてもらうことで、やりがいや生きがいを生む仕組みもつくりました。

高齢者にたくさんのコミュニケーションを図ってもらおうと、高齢者と率先して交流を図ってもらう若者にも入居してもらい、交流を促進する仕掛けも取り入れました。
「おはようございます」といった毎日の挨拶や声かけをすることで、入居者同士の関係性が築かれていきます。

関係性が築かれれば高齢者が積極的に外出して、孤独死や認知症の防止につながっていくと思うんです。
ただ入居するだけでなく、緩やかな人と人とのつながりを意識できる場所づくりを目指していきたいです。

会社をつくってからは、人と人とのつながりが本当に大切だと感じています。
孤独な高齢者が増えたのは、その人自身が悪いわけではなく、社会や世間の仕組みでそうなってしまっただけだと思うんです。

日本は超高齢化社会という社会課題のまっただ中です。
今後も不動産の仕事を通して、高齢者の住まいに関する問題を多面的に解決していきたいです。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年4月)のものです

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