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お金だけ追う人生は味気ない。
ベンチャー支援を通じノーベル賞を狙う
【株式会社サムライインキュベート代表取締役・榊原健太郎】

目次
  1. ITベンチャーで取り戻した自信
  2. 夢手帳に記した「ノーベル平和賞」
  3. やるかやらないかで世界が変わる

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、ベンチャー企業への投資・成長支援や日本の大手企業のイノベーション支援などを行っている株式会社サムライインキュベートの代表・榊原健太郎さんをご紹介。

新卒で入社した会社の仕事を通じて自信をなくした榊原さん。転職したITベンチャーで自信を取り戻し、その後起業をしました。世界中の人の役に立ちたいという榊原さんの思いとは。お話を伺いました。

1ITベンチャーで取り戻した自信

琴・三味線屋の職人の息子として生まれました。
親が商売人という仕事柄、両親が葬儀に参列したり自分も出たりすることが多かったのですが、僕は常に違和感を覚えていました。
人が亡くなっているのに、雰囲気が軽い感じがしたんです。
仕事だからとか、近所だからとか、大人の付き合いでお葬式に行っているように見えましたね。

大人たちはそんなことを思っていなかったと思いますが、「自分のお葬式がそうなるのは嫌だな」と感じました。
自分のお葬式ではたくさんの人が思い入れをもって悲しんで、僕のことを語ってほしいと思っていました。

大学卒業後は、医療機器メーカーに就職しました。
当時は就職氷河期で、将来のことを深く考えず、とにかく入れてもらえる会社を探していました。
病院への営業職に配属されましたが、好きで入った業界ではなかったので仕事も面白いと思えず、暗い気持ちで過ごしていました。
営業先の医者に名刺を破られたり、3時間待たされて約束をキャンセルされたりもして、すっかり自信を失っていましたね。

仕事で苦しむ日々が数年続いた頃、世間で「ITベンチャー」という言葉が広がり始め、偶然見つけた有名ITベンチャー社長のブログを読む機会がありました。
ブログを読み込むうちに、IT業界では毎日面白い仕事が生まれていて、社員同士がフラットに仕事ができる環境があると知り、だんだんとIT業界への関心が高まっていきました。
僕もこんな業界で働いてみたいと思い、社員を募集していたITベンチャーに転職しました。

社員は数人、オフィスは古いマンションの一室。
まさにベンチャーという環境でした。
営業職として、とにかく働きました。
ほとんど休みはありませんでしたが、仕事が楽しくて没頭していましたね。
前職と違い、取引先の人は役職に関係なく同じ目線で接してくれるのも、人間としてみてくれているようで本当にうれしかったですね。
取引先の人にもっと喜んでもらおうと、さらに仕事を頑張り、結果も出て自信が戻ってきました。
努力の甲斐もあって会社は急激に成長していきました。

ITベンチャー時代のお写真(中央手前)

ITベンチャー時代のお写真(中央手前)

仕事をするからにはお金も稼ぎたいと思い、年収1,000万円を目標にしていました。
しかし、一定の成果が出て来たときに、仕事が味気なくなっていきました。
お金だけを追って人生を終えても楽しくないし、何より格好良くないと感じたんです。
このままだと自分の人生はまずいのかもしれないと危機感を覚え、僕は転職を考え始めました。

転職活動で何人かの起業家と会って話を聞いていると、起業家から悩みの相談を受けるようになりました。
その悩みは共通する部分が多く、僕の仕事のノウハウで解決できるものばかりでした。
もしかしたら、僕の仕事のノウハウは起業家支援に役立つのかもしれないと思い、ベンチャー企業の支援を行うため独立を決意。
株式会社サムライインキュベートを設立しました。

2夢手帳に記した「ノーベル平和賞」

このタイミングで、プライベートや健康面も含めて今後の人生をどう生きるべきか、何を目指して行くべきかを考えるために「夢手帳」を書き始めました。
これまでは、テストや受験、年収など、場当たり的な目標をひたすら追いかけていて、人生の目標を考えたことがなかったのでいい機会だと思い、文章として書き出すことにしたんです。

自分のお葬式で、とにかくたくさんの人が悲しみ、思い出を語ってほしい。
そのために目指すべき目標はなんだろうと考えた結論は「ノーベル平和賞をとること」でした。

日本だけでなく、世界中で人の役に立ち続けた先のゴールがノーベル平和賞だと思ったんです。

榊原さんが今後の人生を考え、書いた「夢手帳」

榊原さんが今後の人生を考え、書いた「夢手帳」

ノーベル平和賞の受賞のために、僕は実業家の渋沢栄一氏の功績を参考に522社へ投資すること、海外でも起業家支援を行うこと、発展途上国の支援を行うことなど、ノーベル平和賞につながる目標を設定しました。
この目標を一つひとつ達成していこうと思いました。

日本では前例が少なかった起業家支援の会社だったし僕は金融未経験だったので、最初こそ苦労しました。
しかし、継続することで少しずつ理解が深まっていき、出資先や投資先が増えて成果も出るようになってきました。
大手企業に投資先を紹介する事例も増えていきましたね。

会社が軌道に乗ってきてから、海外の起業家を支援するため、世界の国々を回り始めました。
その中で、中東の国・イスラエルが気になりました。
イスラエルはベンチャー大国として知られているのに、日本のベンチャーが進出していないことに疑問を持ったんです。

この国に拠点をつくって日本のベンチャーが進出するきっかけをつくれば、イスラエルはもっと豊かになるのではないか。
2014年、僕はTOEIC350点という語学レベルにもかかわらず単身イスラエルに飛び、テルアビブにオフィスを構えました。

移住して数ヶ月後、ガザ地区で戦争が始まり、テルアビブにもロケット弾が飛んでくるようになりました。
でも僕は一人でも多くの起業家と会うのが使命で、新興国をサポートし、豊かにするという思いはずっと持ち続けていたので、帰国はしませんでした。

3やるかやらないかで世界が変わる

サムライインキュベートは現在、2つの事業を展開しています。
一つは投資事業で、日本は約140社、イスラエルに約30社とアフリカ6ヶ国(南アフリカ、ケニア、ナイジェリア、ウガンダ、ルワンダ、ガーナ)で25社ほどに投資しています。
もう一つは日本の大手企業の新規事業やその組織・人材創りの支援です。
これまでに50ほどの新たな事業につながるご支援をしました。

今後自分たちが支援した事業数を、どれだけ増やせるのかを一つの目標にしています。
当初の目標としていた、渋沢栄一氏の功績を超える522社への投資は大きな目標でしたが、今では通過点になりつつあります。
ノーベル平和賞獲得もゴールではなく、通過点にしたいと思っています。

サムライインキュベート社員の集合写真。現在は完全リモートワーク

サムライインキュベート社員の集合写真。現在は完全リモートワーク

サムライインキュベートの理念は「できるできないでなく、やるかやらないかで世界を変える」です。
ビジョン・ミッションはあるけど、お金や環境がない人たちに「機会」や「環境」を提供することで、目標や夢を達成するサポートをしていきます。
ビジネスがしたくても何らかの理由でできなかった人が「サムライインキュベートのおかげでできるようになった」と言ってもらえるのは本当にうれしいですね。

僕は人生の目標のため、毎日後悔しないように生きています。
でも、まだまだ自分の成し遂げたい目標は叶えていないし、今僕の葬式が開かれても、まだ来る人が少ないと思うんです。
僕の願いは数十億人に葬式に来てもらうことです。
これからも、世界の人に役立てるよう攻め続けていきます。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年3月)のものです

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ご協力ありがとうございました
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