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世界一周で挑戦への抵抗を克服。
若者が挑戦できるきっかけを与えたい
【ゲストハウス「Hostel FUTAGI」のオーナー・二木俊彦】

目次
  1. 世界一周旅行への憧れ
  2. 人生は一度きり…諦めた世界一周旅行へ
  3. 若い人にきっかけと刺激を与える人になりたい

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、福岡県でゲストハウス「Hostel FUTAGI」を営む二木俊彦さんをご紹介。

20代まで平凡な人生を送っていたという二木さん。31歳のときに仕事を辞めて世界一周旅行を経験し、刺激的な人生を送るようになったのだと言います。若者に挑戦するきっかけを与えたいという二木さんの思いとは。お話を伺いました。

1世界一周旅行への憧れ

平凡な少年時代を過ごしました。
熱中することや、やりたいこともなく、大学に入ってもなんとなく過ごす日々でした。
このまま大学を卒業して、就職してそれなりの仕事をして、定年までに部長になれればいいなと思っていましたね。

19歳のとき、友達に誘われてタイに行きました。
生まれて初めての海外旅行で、日本と違う文化や習慣を体験できて、海外旅行って面白いなと思いましたね。
社会人になったら休みが取れなくなると思い、居酒屋のアルバイトで貯めたお金で年に2回ほど海外に行っていました。

居酒屋でアルバイトをする中で、料理人として働くことに興味を持ちました。
でも、飲食業界のことを調べていくうちに、給与は安くて労働時間は長いし、休日も他の業界と比べて少ないことがわかりました。
この環境でやっていくことに不安を覚えたので、飲食業界への就職は諦めました。

食品への興味があったので、土日休みで安定した食品関係の会社を探し、大学卒業後は地元・札幌の企業に就職しました。
このままずっと働いて昇進して、年に1回は海外旅行に行って、定年を迎える。
人生ってこんなものなのかと思っていましたね。

社会人になって少しずつ交友関係が広がる中、ビジネスで成功した20歳年上の男性に会う機会がありました。
いわゆる成功者に会ったのが初めてで、彼が語る半生やビジネスの話がとても面白く感じました。
地元にこんなすごい人がいるんだと思いましたね。

それまでは家と会社の往復で、決まった人たちとしか会っていませんでしたが、もっといろいろな人に話を聞きたいと思いました。

別の日、20歳年上の男性の方に、「飛行機のファーストクラスに座ったことはあるか?」と聞かれたので、「ないです」と答えました。
すると男性は「エコノミーに乗っている限りは、ファーストクラスで見る景色は一生見られない」と言ったんです。
成功者にしか見られない景色があるんだと思いましたね。

いろいろな人と交流するうちに、もっと自分のステータスや収入を上げたいという思いが強くなっていきました。
26歳のとき思い切って転職することに。

転職して数ヶ月後、世界一周をした旅行作家の体験記を読み、費用が150万円ほどだったと知って、その安さに驚きました。
いつかは世界一周旅行ができればいいなと思っていましたが、費用は何百万円とか何千万円もかかるから、もっと年を取ってから行こうと思っていたんです。
150万円なら頑張って貯金をすれば行けると思いましたね。

僕は毎日、本を読み返しました。
読むたびにワクワクが止まらなくなり、興奮して眠れない夜もありましたね。
すぐにでも旅立ちたい気持ちでしたが、転職したばかりだったので仕事をしながら貯金をすることにしました。

家賃の安い部屋に引っ越し、節約生活を始めました。
コンビニに通う回数も減らし、自炊して弁当もつくりましたね。
月給の半分以上を貯金していました。
世界一周をするには退職しないといけないと思っていたので、貯金をしながらどのタイミングで仕事を辞めるかを考えていました。

2人生は一度きり…諦めた世界一周旅行へ

しかし、転職して数年たつと、仕事が楽しくなってきて、世界一周旅行のことをだんだんと考えなくなっていきました。
加えて給料も上がってきたので、会社を辞める理由がなくなっていき、ますますその気持ちが薄れていきました。
気がついたら30歳を過ぎていました。

30歳を過ぎて実家に帰省したとき、両親に「そういえば、世界一周旅行に行くってずっと言ってたけど、どうなったの?」と聞かれました。
僕は「たぶん、行かないと思う」と言いました。
世界一周への情熱は、ほとんどなくなっていたんです。

しばらくして、札幌から岡山へ転勤することになり、このタイミングで400万円ほどの車を買いました。
貯金を使えば、世界一周を諦めるきっかけになると思ったんです。

転勤してから数ヶ月後、親族トラブルに巻き込まれました。
仕事をしながらトラブルに対応していたので、寝る時間も減っていき、体調を崩していきました。
ストレスで血を吐いたり、眠れない日が数ヶ月続きましたね。

数ヶ月かけてようやくトラブル解決の道筋をつけられそうになったとき、ふと「人生って一回きり。何が起きるか分からない。やりたいことはやっておかないとだめだな」と、世界一周旅行のことを思い出したんです。
僕はもう一度貯金を始めました。

どうせ世界一周旅行をするなら、人と違う方法でやってみたいなと思いました。
どんな方法にしようかと考えていたとき、20歳年上の男性が言っていた「ファーストクラスにしか見えない世界」の話を思い出しました。
せっかくなら、その世界を見てみたいと思い、長距離での飛行機移動は全てファーストクラスにしようと決めました。
貯金を貯めた後、31歳のときに会社を辞めて世界一周旅行を始めました。

世界一周旅行中の二木さん

世界一周旅行中の二木さん

世界一周旅行ではいろいろな経験をしました。
旅を始めて3ヶ月後に強盗に遭いましたし、アフリカの滝でラフティングをやったときは溺れ死にそうになりました。
6,000メートル級の山に登ったときも酸欠で死にかけましたね。
日本にいたときはそこまで刺激的な人生を送ってこなかったので、こうした体験ができたのは大きな収穫でした。
約1年かけて34ヶ国をまわり、帰国しました。

帰国後は会社員となり、福岡県北九州市に赴任しました。
しばらくして、世界一周旅行で知り合った友人から「旅の本を出すんだけど、寄稿してみないか」とお誘いを受けました。
自分の経験で良ければと、旅のことを綴った本を出版しました。

本の出版イベントを福岡で開いたとき、口コミで60人ほど集まり、「もっと二木さんの話を聞きたい」とリクエストが出ました。
それなら定期的に旅のことを話す場をつくろうと「+スパイス」という旅会を開くことにしました。

最初は数人の集まりでしたが、開催を重ねるたびに人数は増えていき、一度に70人ほどが集まることもありました。
開催する場所を探すのも大変になっていったので、自分で開催場所を借りてしまおうと、シェアハウスを借りて運営することにしました。

シェアハウスの運営を始めて2年ほどたったころ、転勤の辞令が出ました。
もし福岡以外の場所に赴任したら、シェアハウスができなくなってしまう。
それは嫌だなと思い、僕は仕事を辞める決意をしました。
ハウス運営にも本腰を入れようと思い、運営していたシェアハウスの建物をオーナーから借り受けました。
そして、もっと海外の人と交流できる場をつくろうと、シェアハウスからゲストハウスに形態を変えました。

3若い人にきっかけと刺激を与える人になりたい

現在は福岡でゲストハウス「Hostel FUTAGI」のオーナーをしながら、いくつかの海外事業を計画しています。
ゲストハウスはスタッフに任せて、海外と日本を拠点にしてやっていこうと思っています。

Hostel FUTAGIにてバーベキューをしている様子

Hostel FUTAGIにてバーベキューをしている様子

今後は、人の人生にきっかけと刺激を与える大人になりたいです。
僕自身、ビジネスの成功者や世界一周旅行の本にきっかけをもらい、刺激的な人生を送るようになりました。

若い人と話していると、お金や時間がなくてやりたいことができないという声を聞きます。
人間はきっかけがないと挑戦や行動ができないので、若い人にやりたいことをやるためのきっかけをつくる講演会などに挑戦したいですね。

世界一周旅行をした後は、人生に対する不安や怖さが減り、挑戦することに抵抗がなくなりました。
若い人が挑戦を続ける環境をつくり続けながら、僕もさらなる挑戦をしていきたいと思います。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2021年2月)のものです

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