1カナダで知ったミュージカルの魅力
小さい頃は将来の目標ややりたいことがなく、なんとなく毎日を過ごしていました。
勉強もあまり好きでなく、高校に入ってからも友達と遊んでばかりいました。
高校2年生のとき、親の勧めもあってカナダに1年間留学しました。
他の国から来た同世代の留学生や現地の人と交流するなかで、彼らが将来を考えて目的を持って勉強に励む姿に刺激を受けました。
このとき、自分のやりたいことはなんだろうと生まれて初めて考えました。
やりたいことを考えたとき、小さいころから好きだったミュージカルと音楽のことを思い出しました。
両親と劇団四季のミュージカルを観劇してから、ミュージカルの音楽CDはよく聴いていましたし、中学生から吹奏楽部でクラリネットをしていたんです。
バンドでミュージカル曲のメドレーを発表することになりました。
練習のためにミュージカルの映画や楽曲を見たり聴いたりして、いろいろなジャンルの作品があるんだと驚きましたね。
カナダ留学中でのミュージカル曲のメドレー発表会
特に貧困、HIV・エイズ、ジェンダーの問題を扱った「RENT」という作品に衝撃を受けました。
今まで日本で見てきたのは、劇団四季の作品が多く、見ていて楽しく明るくなれるエンターテインメント系のミュージカルがほとんどでした。
でも、RENTは作品を通して、正面から社会問題を扱っている。
作品を見終わったとき、自分の感情の奥底が揺れ動く感覚に陥りました。
帰国後、もっといろいろなジャンルのミュージカルを知ろうと、社会問題を題材にしたミュージカルの映画や曲を見たり聴いたりしました。
住んでいた神奈川県から東京・新宿のちょっと怖いエリアにある小劇場のミュージカルを観劇しに行ったこともありました。
たくさんの作品を通じて、世の中には多様な社会問題があることを知りました。
ミュージカルについて知れば知るほど、自分自身も作品づくりに携わりたいと思うようになりました。
本格的に舞台制作を学ぶには、ミュージカルの本場・ブロードウェイで学ぶのが一番いい。
私はアメリカ・ウエストバージニア州の大学の演劇コースに入学しました。
2NYのキャバレーで見た役者たちの熱量
大学では舞台づくりの基礎を学びました。
学生だけで作品を仕上げていく授業もありましたね。
周りの学生や教授はミュージカル好きで、学内の教授の部屋を訪れたらミュージカル曲が流れているほど。
日本にいたときは、ミュージカル好きの友達は周りにいなかったので、すばらしい環境だと思いましたね。
大学2年生になって、友達とブロードウェイのミュージカルを見るため、ニューヨークに行きました。
役者の歌と演技の迫力、世界観を完璧につくり上げた舞台と演出、観客数百人の一体感。
私は初めて見たブロードウェイの舞台に完全に魅了されました。
スケール感、観客の熱量、これ以上ない歌とダンスのクオリティ、街全体がエンターテインメントというところに興奮しましたね。
これが本場のミュージカルなんだ。
「将来はブロードウェイで働く。ここを私のゴールにする」と心の底から思いました。
翌日、目標の意味を込めて学校の机に「NEW YORK!!」とポストイットに書いて貼りました。
もっと貪欲にミュージカルを勉強したくなり、3年生からシアター学部の、規模が大きくニューヨークともコネクションがあるニュージャージー州のモントクレア州立大学に編入しました。
卒業の時期になり、就職活動をしました。
でも、留学生が現地の劇団やミュージカル関連会社で仕事をするのは難しく、別業種の会社で働くことにしました。
でも、勤務初日、オフィスに行ったとき、「私、この仕事を本当にやりたいのかな?きっと違うな」と思ったんです。
結局、1日で会社を辞めてしまいました。
ブロードウェイのミュージカルを見に行ったときの様子
帰国して日本でミュージカル関連の仕事を探そうと思っていたとき、日本の劇団と仕事をしているニューヨークの舞台制作会社の存在を知りました。
日本人の私でも働けるかもと思い、ダメもとで問い合わせの電話をすると、面接をセッティングしてくれることに。
その面接でインターン採用が決まり、3ヶ月後から正社員として働き始めました。
就労もとれて、運が良かったですね。
会社はブロードウェイの作品プロデュースも手がけていて、卒業したてで右も左も分からない中でたくさん学ばせていただきました。
オフィスがブロードウェイにあるなんて、それだけで毎日が幸せで、最高の環境で働けているなと思いましたね。
もっといろいろなミュージカルを知ろうと、小さなキャバレーで行われているミュージカルショーも見るようになりました。
キャバレーはブロードウェイの大きな劇場と違い、観客と役者の距離も近く、役者の歌や演技がダイレクトに伝わります。
観客もそれに反応して、一緒に舞台を盛り上げていくんです。
私は彼らの演技に圧倒されました。
情熱的でパワフルで、徹底的に観客を楽しませる姿勢が演技から見て取れるんです。
ブロードウェイの役者もすごいけど、キャバレーに出演していた役者は、ありのままの自分を出してパフォーマンスしていました。
演じるというより、自己表現に近く、テクニックではなく魂をぶつけている感覚です。
目の前にいる観客を楽しませることに全力を尽くすキャバレーの役者たちは、とても魅力的だなと思いましたね。
私はキャバレースタイルのミュージカルショーにも通うようになりました。
いろいろな役者やプロデューサーの仕事を側で見ていく中で、自分もミュージカルのプロデュースをやってみたいと思うようになりました。
この頃、3年間働いたタイミングで、日本への帰国を検討していて、どうせなら自分のやりたいミュージカルを日本で考えてみようと思いました。
私は8年間住んだアメリカを離れ、2016年に帰国しました。
8年ぶりに帰国して日本でもミュージカルを見るようになりましたが、感動するショーにはなかなか巡り合えませんでした。
日本でミュージカルに触れたのは高校の夏休み以来だったので、どこに行ったら刺激的な作品に出会えるかわからなかったんです。
今となってはたくさんの団体があって、いろいろな作品が公演されているのがわかるのですが、当時は心が揺さぶられるものがないと感じていました。
また、ニューヨークで体験したキャバレーのような熱量が高いミュージカルを見たいと思いましたが、日本ではそうしたショーの公演がほとんどないことがわかりました。
日本ではなじみが薄く、ニーズがなかったんです。
一体感や熱量のあるショーがどうしても見たい。
ないなら、つくってしまえばいい。
自分たちでイベントをつくって役者を発掘し、その役者と一緒に舞台をつくる「SMASH CABARET( スマッシュキャバレー)」というイベントを2017年2月に始めました。
3熱量のあるミュージカルを日本でも
現在はP. A. TOKYO株式会社の代表として、SMASH CABARETの運営の他、アメリカでの経験を活かして海外アーティストとのワークショップ企画、ミュージカル・クリエーターにフォーカスしたイベント、コンサートの企画運営、海外作品の権利取得、アーティストのマネージメントなどを展開しています。
SMASH CABARETは毎月行っていて、動画審査を勝ち抜いた役者がステージでパフォーマンスを行い、観客の審査で優勝者が決定する仕組みです。
プロ・アマ、年齢、性別、国籍問わず、個性的な方が参加しています。
2019年は、毎月の優勝者の中から選ばれた年間優勝者が特典としてニューヨークのキャバレーに行き、日本語でパフォーマンスをしました。
そのキャバレーは私がよく足を運んでいた場所だったので、とても感慨深いものがありましたね。
集合写真。SMASH CABARETにて
今後もSMASH CABARETやミュージカルを通じて、一人ひとりが自由に個性を発揮でき、それを認め合う場をつくっていきたいです。
そんな場づくりを通して、個性を活かし活躍できるパフォーマーを増やせればと思っています。
そして、SMASH CABARETを見に来てくれたお客さまには、知名度や人気だけじゃない、本当に心を揺さぶるパフォーマーの存在をもっと知ってもらいたいです。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年12月)のものです