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人間力を鍛えるため、自転車で日本一周。
燃え尽き気づいた「期待に応える幸せ」
【フォトグラファー・梶直輝】

目次
  1. ビジネススキルよりも人間力を鍛えたい
  2. 人との出会いが自分の選択肢を増やす
  3. 「求人尽力」で道は拓かれていく

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、カメラマンの梶直輝さんをご紹介。

2年勤めた銀行を辞めて自転車で日本一周の旅を行い、人生にはいろいろな選択肢があると気づいた梶さん。たくさんの人との出会いを通じ、梶さんが大切にしている思いとは。お話を伺いました。

1ビジネススキルよりも人間力を鍛えたい

高校生までは、考えてから行動に移すタイプでした。
安定志向で、将来は公務員になりたいと思っていました。

大学に入って、自分と真逆の「とりあえずやってみる、行動してから考える」タイプの友人ができました。
そんな人と会ったことがなかったので、衝撃を受けたし、行動力あふれる彼らがうらやましいと思いましたね。
僕ももっと行動力を身につけたいと思い、彼らと一緒にいるようにしました。

とはいえ、なかなかすぐには変われませんでした。
何かしなければと、人見知り克服のために大学3年生の春休みを利用して全国各地を電車でめぐる一人旅をしました。
現地の人とコミュニケーションを取る環境を無理やりつくれば、自分も変われると思ったんです。

いろいろな地域で現地の人と話していくうちに、世の中にいろいろな人がいて、いろいろな考えがあるんだと知りました。
地元の埼玉や大学がある東京で生活していたら絶対に会えない人たちの話を聞くのが楽しみになっていきましたね。

大学時代に電車で一人旅をしていた頃の梶さん

大学時代に電車で一人旅をしていた頃の梶さん

旅は自分の可能性を広げてくれると感じました。
いろいろな人の価値観を知って知見を広げることが成長に繋がると思いましたね。

もっと多くの人と話をしたくて、大学4年生になって銀行の内定が出てからは毎月旅に行きました。

大学卒業後は銀行に就職しました。
銀行なら幅広い業界に携わることができてビジネスやお金に関する知識が得られ、将来のステップアップに役立つと思ったんです。

自分の名前で稼げるようになりたいと思っていたので、まずは3年と期間を決めて働き、その後のステップは働きながら決めることにしました。
公務員になりたいと思っていた高校生の時の「安定」は、安定した環境で仕事をこなす意味合いでした。
でも、一人旅をしてたくさんの人と会う中で考えが変わりました。
大手企業や公務員など組織的な安定より人として自立し、力強く生きていく「人間力」を高めるほうが「安定」だと思ったんです。

1年目は融資や預金の業務に携わりました。
業務で覚えることが多い上に、資格試験勉強も多く、仕事に慣れるまでは大変でしたね。

社会人になって初めてもらったボーナスで自転車を買い、休日に地元の埼玉県春日部市から東京スカイツリーまで往復70キロほどを走りました。
後日、そのことを話したら、「次は自転車で日本一周をしてみれば」と地元の友達、会社の同僚に2日連続で言われました。
それは面白いなと思いましたが、まだ入行して数ヶ月だったのでまずは目の前の仕事に一生懸命取り組むことにしました。
1年後も「自転車で日本一周をしてみたい」と思っていれば、その気持ちは本物なので、そのときはチャレンジしようと考えました。

2年目は営業職として働きました。
日本一周に対する思いは1年経過しても変わらず、むしろ、思いが強くなっていました。

営業として半年ほど働いて、銀行営業の基本的な流れ・本質は掴めました。
一方で、銀行員になってから自分と向き合う時間が減り、人としての成長が遅くなっていて、まずいと思っていました。

今はいろいろな人に会うことが絶対大切だ。
ビジネススキルの成長よりも人間力の成長。
僕は銀行を2年で辞め、自転車での日本一周の旅を始めました。

2人との出会いが自分の選択肢を増やす

一日70~80キロを8時間ほどかけて移動し、全国各地を回りました。
また、知り合いの紹介や現地の人の紹介、道行く人など、たくさんの人と会いました。
大学生のときの一人旅も、いろいろな人がいるなと思いましたが、自転車の旅ではより地域の人にフォーカスしていたので改めてそう感じましたね。

宮城県気仙沼市では、気仙沼に移住して2年ほどの男性に会いました。
男性は、移住前は僕と同じように自転車で日本一周の旅をしていたそうです。
でも、気仙沼に来たら現地の魅力に取り憑かれてしまい、旅を北日本一周で一旦ストップし、千葉県から移住したというんです。
なぜ気仙沼に住んでいるのか聞くと、男性は「旅と同じように毎日ワクワクしながら生きられる町だから、ここに移住した」と言ったんです。
僕も旅から戻ったときの生き方の指針として、旅中と同じようにワクワクする生き方をすると決めましたね。

岐阜県山県市では、地元集落の活性化に取り組んでいる男性と出会いました。
男性は働きながら地域の発信にも力を入れ、地域外の人との橋渡しもしていて、「職業や役割なんて、一つじゃなくてもいいんだよ」と言ってくれました。
銀行に勤めているときは、職業は一つじゃないといけないという固定概念があったので、いくつもあっていいんだ、やりたいと思うことはいくつでもやっていいんだ、と思えるきっかけになりましたね。

自転車での日本一周は197日間にも及びました。
旅はもちろん楽しいことばかりではなく、つらいこともありますが、それも含めて旅の良さであって、何物にも代えがたい経験ができて、今の自分に繋がっています。
人に会って話を聞くことが自分の価値観を再構築し、生き方の選択肢を増やすことに繋がると改めて実感しました。

いろいろな人の人生を知るうちに、自分はどのように生きたいか、を決めればいいだけだ、と思うようになりました。
行く先々で現地の人に支えてもらい、また次行く場所の人を紹介してもらえることもあり、本当に感謝しています。
その感謝の気持ちを伝えるため、その後4年かけて旅中に出会った全都道府県の人に挨拶しに行きました。

自転車で日本一周(183日目)

自転車で日本一周(183日目)

旅から戻ると、燃え尽き症候群になりました。
旅の報告を兼ねて、友達や元同僚と会ったときに「次は何をするの?期待しているよ」といろいろな人に言われたことがプレッシャーになったんです。
「次にやることがうまくいかなかったらどうしよう」という感情が芽生え、行動できなくなりました。

精神的にもまいってしまい、人に会うことがしんどかったです。
家でシャワーを浴びていて、自然に涙が出てくることもありましたね。
無気力な毎日を過ごしていました。

ニート状態が4ヶ月続いた頃、金銭的に苦しくなって、職探しを始めました。
知人の紹介で、農産物の輸出コンサルの会社と地方創生事業を展開している会社の2社で業務委託として働き始めました。

1社は日本一周前からの知り合いで、「あなただから大丈夫」と精神的にまいっている自分を受け入れてくれた上で働かせてもらったので、とてもありがたかったですね。
少しずつ社会との繋がりを取り戻し、数ヶ月で燃え尽き症候群から立ち直りました。
その後も知人の紹介やご縁で、転職エージェントやホームページ制作などいくつかの仕事を経験しました。

しばらくして、知人から写真撮影の仕事の依頼を受けました。
日本一周の旅で各地を撮影した写真を自分のサイトにアップしていて、その写真を見て依頼してくれたんです。
日本一周の旅が仕事に繋がると思っていなかったので、少し驚きましたがうれしかったですね。

カメラマンとして月に1回ほど撮影をするようになって1年ぐらい経過すると、旅友達の社長から「それだけ撮れるなら、もっといいカメラを持っていたほうがいい」と数十万円するデジタルカメラ、レンズ2本を買っていただきました。
僕はカメラマンになるつもりはありませんでした。
でも、社長が僕の可能性を見出してくれて、高いカメラを買ってくれたんです。

この人の期待に応えるためにも、カメラマンになろう。
2018年の3月、僕はカメラマンとしての活動に本腰を入れることにしました。

3「求人尽力」で道は拓かれていく

カメラマンとしての仕事依頼は、全国から来ます。
ときには海外での撮影も依頼され、2020年はラオスに行きました。
日本一周の自転車旅で知り合った人やその人からの紹介で、仕事をいただいています。
改めて直接現地に行って仲良くなることで、仕事をご依頼いただけることもあります。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、2020年春頃、カメラマンとしての仕事がほぼなくなりました。
また、いつものように毎月全国を旅できなくなりました。

何をしようか考えていたとき、友人の祖母が畑をやっていたので、その空きスペース2坪ほどの土地を借りて農業をやってみることに。
結局、2坪どころか、150坪ほどの畑を貸してもらえることになり、あまりの広さで1人では管理できないので、会員で共同管理して、収穫した野菜を会員でシェアするサブスク農園「Coltivate」を始めました。

サブスク農園、Coltivateにて

サブスク農園、Coltivateにて

今後も、求人尽力(きゅうじんじんりょく)で大好きな人のサポートをしていきたいです。
求人尽力とは自分を求めてくれる人のために、全力を尽くすことを表す言葉です。

僕はいろんな人に支えられて日本一周を成し遂げました。
でも、そのときはあまり達成感がなかったんです。
旅の後、いろんな仕事やプロジェクトをチームでやっていくうちに、自分が主役になるよりも大好きな人のサポートをするのが楽しいことに気づいたんです。

僕は誰かの期待に応えていく生き方が性に合っていると思います。
自転車の日本一周を決めたのも「日本一周してみたら」と言われたからだし、カメラマンを本格的な仕事にしたのも、カメラを買ってもらったからです。
誰かの期待に応えるうちに、「この人生が面白そうだから、そっちに行ってみよう」と進んでいる感じですね。

これからも誰かの期待に応え続ける仕事を一生、続けていきたいですね。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年12月)のものです

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