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未経験分野への転職を何度も経験。
当事者意識持ち、課題解決をし続けたい
【脳科学を社会実装するベンチャー企業勤務・糸藤友子】

目次
  1. 当事者意識を持って課題に取り組める仕事を
  2. 母の死をきっかけに健康寿命がテーマに
  3. 世の中に解決すべき課題がある限り

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、脳科学を社会実装するベンチャー企業に勤める糸藤友子さんをご紹介。

大学卒業後、希望する仕事に就きながらも産休中に感じた子育てへの課題意識から、育児関連の事業に取り組む会社に転職。また、その後も母の死から健康寿命に興味を持ち転職するなど、自身が課題に感じる問題を解消するため、進路選択をし続けてきた糸藤さん。思い切った決断の背景にある思いとは。お話を伺いました。

1当事者意識を持って課題に取り組める仕事を

今から32年前、大学3年生だった私は、就職活動を始めました。
いくつも会社訪問をしましたが、実家暮らしじゃないと採用しないとか、男性のアシスタントをしなければならないといった、女性差別も当時はまだ多くありました。
差別のない環境を求め、最終的には、性別も学歴も年齢も関係なく実力で評価してくれる、情報産業を営む大手の会社に入社しました。

社内広報セクションに配属され、社内報の企画編集などの業務を担当しました。
一所懸命に努力すれば評価され、仕事を通じて仲間や会社に貢献できる実感がありました。
仕事ってなんて面白いのだろうと思いましたね。

広報メンバーとのお写真

広報メンバーとのお写真

7年働いた後に結婚し、長男を出産。
産休に入りました。
子育ては大変でした。
こんなに自分の思い通りにならないことが世の中にあるのかと驚きましたね。
仕事だったら計画して筋道を立てて実行すれば正解にたどり着けます。
でも、子どもは思い通りにならないんです。
散歩して、お風呂に入れるとスムーズに寝てくれたからと、翌日同じことをしても寝てくれるとは限りません。
今思うと、当たり前なんですけど、とても戸惑いました。

また、都会での子育てはとても孤独で、周りに頼れる人はいませんでした。
子育ての領域には大きな課題があると感じましたね。

このまま24時間子育てをしていたら体も心も持たない。
私は復職して働くことを決意しました。
そして私が課題と感じた「子育て」を仕事のテーマにしたいと考えました。
そのほうが当事者としての課題意識からエネルギーが湧くし、仕事も子育てもどっちも頑張れると思ったのです。

社内からは「新しい部署は大変だと思うので、子育て中は、慣れ親しんだ広報にいたほうがいいのでは」と助言を受けました。
でも、私は自分が感じた課題を少しでも解決したかったので、復職後、社内で新しく創刊する子育て雑誌への異動を希望しました。

仕事と子育ての両立は大変でした。
始発で会社に行き、夕方まで仕事をして、その後に子どもを保育園に迎えに行く日々。
同僚は最大限のサポートをしてくれました。
でも当時は子育てしながら働く人があまりいなかったこともあり、同僚がまだ働いている夕方に帰るのは、とても申しわけない気持ちでいっぱいでしたね。

そこで、雑誌の立ち上げが一段落したところで、私は11年勤めた会社を辞め、社員10人程度のベンチャー企業に転職しました。
不安もありましたが、自分のペースで働きやすい環境を選んだのです。

2母の死をきっかけに健康寿命がテーマに

ベンチャー企業では、子育てサイトの事業責任者・編集長として働きました。
同僚には子育てママが多く、仕事をしながら悩みを共有するなど働く環境に恵まれました。
子育て情報を取材・発信するかたわら、事業責任者として販売促進・営業など多くの経験をしました。

しかしまだ事業規模が小さく、サービスや情報を届けられる範囲は限られていました。
もっと多くのママに発信をし、子育ての課題を解決したいと感じるようになり、転職を決意しました。

転職活動後、妊娠・出産・子育て事業を展開している大手教育会社に、契約社員として入社しました。
年収は下がりましたが、多くのママへ情報を発信したり、サービスを提供したりできる、影響力のある会社で働きたいという思いが強かったですね。

職場は私より若い人が多く、契約社員も珍しかったので、私の存在に戸惑う人もいました。
しかし私は年上だからとか、経験が豊富だからと偉そうにせず、若い人たちにお願いをして、いろいろ教えてもらいました。

与えられた仕事を一つずつ、真面目にこなしていくと、少しずつ成果もでて評価と信頼をもらえるように。
いろいろな仕事を任せてもらえるようにもなりましたね。
入社して2年がたった頃には、新規事業開発を任され、ワーキングマザー向けの雑誌事業や幼児向けの商品を取り扱う通販事業の立ち上げも経験しました。
子育てママの課題解決のために、良い環境で仕事ができ、充実した日々でした。

転職して10年以上たった頃、母にがんが見つかりました。
完治を目指していたものの、数年の闘病後に亡くなりました。

通夜のとき、姉に「ママにもっと長生きしてほしかったな」と言うと、姉は「病気で寝たきりで長生きしても、ママは幸せじゃない。健康で長生きしなくては…」と、健康寿命の大切さを教えてくれました。
健康寿命は、心身ともに自立し、健康的に生活できる期間を指す言葉です。

同じ頃、長男が20歳を迎え、子育てはひと段落しました。
子育てママでなくなった私より、現役で子育てをしている若いママたちが、サービスや商品、情報を発信していくべきだと考えるようになりました。
じゃあ私は、次に何をテーマにして働こうかと考えたとき、母が亡くなったときの姉の言葉を思い出し、「健康寿命の延伸」にチャレンジしようと思い立ちました。

ちょうど同じタイミングで、元取引先の大手スポーツ用品メーカーの方から「スポーツを通してシニアの健康を促進する仕事をしないか」とお誘いをいただき、14年勤めた大手教育会社を辞め、スポーツ用品メーカーへ転職しました。

3世の中に解決すべき課題がある限り

転職してからは、スポーツを通してシニアの健康や生活の質の向上を実現する新商品や新サービスの立ち上げに取り組みました。
仕事を通してどんどん「健康」にのめり込んでいきましたね。

しかしこれまで働いた会社と異なり、慎重にプロジェクトを進める傾向が強かったので、すぐ行動してすぐ形にしたい私にとっては、フラストレーションも多く、悩ましかったです。

1年半ほどたった頃、脳科学を社会実装しようとしているベンチャー企業からお誘いを受けました。
脳科学は未知の領域です。
高齢化率が3割に近づき、認知症が大きな社会課題になる日本の現状を鑑みると、とても重要なテーマと感じました。

50歳をすぎ、脳という新しいテーマ、かつベンチャーという環境にチャレンジしてみたいと、社会のさまざまな分野で脳科学の活用を目指す株式会社NeU(ニュー)に転職することにしました。

現在は、株式会社NeU(ニュー)で、脳(前頭前野)=認知機能を鍛えて、全ての人の可能性を最大化し、生活の質を向上させる、次世代脳トレ「ブレインフィットネス」という新サービスの提供に取り組んでいます。
高齢者には認知症予防に、働く世代には仕事のパフォーマンス向上に、学生には学習効率アップにと、幅広い人にパーソナライズされたサービスの提供を目指しています。

私は産後に復職してから、仕事を通じて私と同じ課題を抱えている人を一人でも多く救えればと思って頑張ってきました。
給与とか肩書きに対するこだわりはまったくありません。
課題解決をするためにより良い環境を求め、行動し、それが転職につながりました。
転職は不安もあったし、転職先の環境になじめないこともありましたが、真摯に信念を持って仕事に取り組むことで信頼を得られ、期待された成果を出せたと思います。
やりたいことを、やり続けられたことには感謝しかありません。

子育てもほぼ卒業した今後は、子どもの頃からの夢だった海外暮らしをしてみたいです。
でも仕事は続けます。
1年のうち10ヶ月は日本、2ヶ月は海外で暮らす生活が理想です。

私が取り組むテーマは歳を取って変わっていくかもしれません。
それでも、自分が感じる社会の課題がある限り、仕事は続けていくのだろうと思います。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年11月)のものです

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