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他人軸から自分軸へ。
先生も子どもも「自分の幸せ」を考えられる世の中に
【多様な人材を教師として学校現場に送るプログラムを展開するNPO職員・池田由紀】

目次
  1. 先生らしくではなく自分らしく
  2. 常識を疑い実現した、47都道府県をまわる“旅する結婚披露宴”
  3. 子どもと先生の幸せのために「しなければならない」を疑う

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、教育に情熱を持った多様な人材を公立学校に教師として配置するプログラムを展開する認定NPO法人Teach For Japanの職員・池田由紀さんをご紹介。

もともと商社勤めだった池田さんはTeach For Japanのプログラムを通じて教師になりました。赴任した学校で、教師という仕事に感銘を受けた一方、学校と社会の壁をなくすことで教育をより良くできると感じたそうです。池田さんが目指すものとは。お話を伺いました。

1先生らしくではなく自分らしく

新卒で総合商社に入社。
仕事で外国の人と関わる機会が多く、彼らが自分の意見や軸を持って行動しているのを目の当たりにし、これまで私がいかに自分軸ではなく外の評価軸で物事を決めていたかに気づきました。
子どもの頃から「自分で考え、判断し、行動する」ことを積み重ねるのが、生きる上でとても大切なのではないかと思い、教育に興味を持ったんです。

そこで、思い切って商社を辞め、通信制大学に通って教員免許を取得しました。
ある自治体の教員採用試験に合格していましたが、多様な人材を学校教師として派遣する認定NPO法人「Teach For Japan」のプログラムに魅力を感じ、この制度を利用して28歳のとき、奈良県の小学校に新人教師として赴任しました。

教育現場を変えたいと思って赴任したものの、現場に入ってすぐにその考えはおこがましいなと思いましたね。
先生たちは忙しい中、毎日真剣に子どもたちのことを考えていました。
授業以外でもコミュニケーションを積極的に図り、子どもたちの様子を常に把握している。
現場に入って、あらためて先生という存在に感銘を受けました。

一方で、教育現場には前提を疑ったり、見直したりする時間が必要だとも感じましたね。
先生たちは今持っている業務だけでも忙しく、そんな余裕はありません。
これは、学校現場の仕組みから変えなければと思いました。

赴任2年目のとき、4年生のクラスを受け持ちました。
初めてのクラス担任です。
「こんなことをしたい!」とたくさんの想いが募っていたので、やる気に満ちあふれていましたね。

しかし最初は戸惑いの連続でした。
「先生らしくしないといけない」、「クラスをうまくまとめないといけない」という気持ちでいっぱいで、授業中に教室をウロウロしている子どもがいれば、とりあえず注意して座らせました。
子どもが立ち歩いている状態を他の先生に見られたら、クラスがうまくいっていないと思われるんじゃないかと不安だったんです。
子どもたちより、自分のことで頭がいっぱいでしたね。
でも、次第に「先生だからこうあるべき」という固定観念にとらわれていると気づき始めました。

わからないことは子どもたちに教えてもらおうと、「クラスをどうしたいのか」「どんなことを考えているのか」を聞いてみると、いろいろなことを教えてくれるようになりました。
私と子どもたちの対話も増えて、クラスの雰囲気もだんだん良くなっていきましたね。

赴任先の小学校で、教壇に立つ池田さん

赴任先の小学校で、教壇に立つ池田さん

これまでいかに狭い視野で子どもたちを見ていたかに気づかされました。
例えば、授業中に教室をウロウロしたり騒いだりする子どもに、「それはいけないよ」と注意しそうになります。
でも、落ち着いて話を聞いてみると、その行動には必ず理由がありました。
表面的な部分だけを見て決めつけるのではなく、行動の背景を想像したり、聞いたりすることが大事だと思いましたね。
もし「授業がつまらない」という理由だったら、私の授業のやり方に問題があるのかなという改善のヒントにもなります。
子どもと大人ではなく、人と人。
対等な立場で、お互いに学び合うのが学校なんだと感じました。

とはいえ、教育は明確な答えやわかりやすい結果がありません。
「このやり方で良かったのか」と、正解のない問いに常に向き合い続けなければならないのです。
そういう意味でも、教師って本当にすごい仕事だと思いましたね。

2年間のプログラム終了後、もう1年同じ小学校に勤務し、東京に戻りました。

2常識を疑い実現した、47都道府県をまわる“旅する結婚披露宴”

東京に戻ってからは、私立の小中一貫校の教員になりました。
週3日の勤務で、さまざまな業界で活躍する方をお呼びしてキャリア教育の授業をしたり、社会科の授業を受け持ったりしました。
残りの2日はTeach For Japanの職員として、研修開発の仕事に携わりました。

2019年、お付き合いしていたダンサーの方と結婚することになりました。
結婚式について二人で話し合った際、「そもそも結婚式ってなんのために挙げるんだっけ?」から始まり、最終的には「私たちのこれからの活動につながる機会になるようにしたい」と意見が一致。
週末を利用して全国各地をまわり、彼がやっているNew Style Hustleというペアダンスの魅力と、私の取り組んでいるTeach For Japanの活動をたくさんの人に知ってもらう「旅する結婚披露宴」をやろうと決めました。

この計画をTeach For Japanの代表に伝えると、「それなら数ヶ月かけて日本全国47都道府県をまわった方が面白いんじゃない。仕事はなんとかなるから、人生において大切なことを優先してほしい」と言ってくれたんです。
代表は「仕事のための人生ではなく、人生ありきの仕事だ」と、一緒に仕事をしている仲間の人生を一番に考えてくれました。

驚きましたね。
私は「仕事はオフィスでするもの。仕事をしていたら、数ヶ月の旅なんてできない」と思い込んでいたからです。
でもリモートワークを活用すれば、旅をしながらでもできることはある。
何より代表の、目先ではなく、その人の人生にとって何が最善なのかを考えるスタンスに感動し、これは教育に携わる大人にも、とても大切な考え方だと感じました。

とはいえ、このプランを実現するには、学校の仕事を休職しなければなりません。
正直難しいのではと考えていたのですが、思い切って上司に相談すると、「ぜひ行ってきてほしい」と言ってくれたんです。
先生が自分の幸せを大切にすること、学校の中だけでなく、外でもさまざまな経験を積むことが重要だと考えているから、と。

私はなんて素敵な人たちに恵まれているんだ、組織のリーダーがメンバーの人生を考えてくれているのってすごいなと思いました。
同時に、自分のやりたいと思ったことに挑戦してもいいんだ、とはっとしましたね。

2019年11月から2020年1月まで、3ヶ月かけて日本全国47都道府県を夫婦でまわり、総移動距離は16,000キロほど、出会った人は1,100人を超えました。
ここでの出会いと経験が未来につながっていくと確信しています。
このような挑戦に導いてくださった周りの方々には感謝しかありません。

“旅する結婚披露宴”の報告パーティの様子

“旅する結婚披露宴”の報告パーティの様子

3子どもと先生の幸せのために「しなければならない」を疑う

2020年4月からは、Teach For Japanの職員としてフルタイムで働き始めました。
Teach For Japanが、団体の活動をより発展させていく新たなフェーズに入るタイミングで、自分のリソースを集中的に使うために、私立学校での仕事は退職することにしました。

Teach for Japanのメンバーとの一枚(写真中央が池田さん)

Teach for Japanのメンバーとの一枚(写真中央が池田さん)

教育現場に入ってわかったのは、先生たちは想いを持って一生懸命子どもたちと向き合っていること。
一方で、先生たちの労働環境は過酷で、教育現場は疲弊してしまっている面があります。
子どもたちの幸せを願って働いている先生たち自身が、自分の幸せを大切にできていないこともわかりました。
私はそんな現場を見て、先生が自分自身の幸せを追求しながら、子どもたちと関わる環境にしたいと考えるようになりました。
大人がイキイキと輝いている、その姿自体が、教育において実は一番大切だと考えています。

幸せに働く先生を学校に送り出していくため、Teach For Japanの研修プログラムでは、今年度より脳神経科学の専門家との連携もスタートしました。
「幸せ」や「ウェルビーイング」という抽象的なものを科学的な面からも追求し、先生が幸せに働ける状態を生み出していきます。
簡単なことではなく、時間もかかると思いますが、まずはしっかり実績を作り、ゆくゆくはより多くの学校現場に広げていきたいと考えています。

この研修プログラムを開発するプロセスで、あらためて気づいたことがあります。
それは、「自分軸」の大切さです。
当たり前ですが、どのようなときに「幸せ」を感じるかは人によってさまざまです。
しかし、情報に溢れた社会の中で生きていると、いつの間にか世間の「幸せ」にとらわれて、自分にとっての「幸せ」を見失ってしまいます。
他人の「こうすべき」「こうしなければならない」が判断軸になってしまうんです。

今回、旅する結婚披露宴を企画し実行する中で、私自身も自分軸を取り戻す作業をしました。
結婚式はこういうもの、夫婦はこうあるべきだ、仕事は休むべきではない。
それらを一つずつ疑い、自分たちなりのスタイルを見つけることができました。
そんな風に、「周りの人がこうだから」ではなく「自分はどうしたいのか」という軸で人生をつくっていきたいです。

これからも、子どもたちと先生の幸せのために、そして一人ひとりが自分の人生を生きられる世の中にするために、自分にできることを追求し続けていきます。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年9月)のものです

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