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引退してもあなたの価値はなくならない
元マラソン日本代表が挑むセカンドキャリア作り
【元マラソン日本代表・加納由理】

目次
  1. 走ることに全てを捧げた10代
  2. 憧れのオリンピック出場を目指して
  3. 現役引退後のセカンドキャリアの道しるべを

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、元マラソン日本代表の加納由理さんをご紹介。

子どものときから走るのが得意だった加納さんは、陸上トラック競技や駅伝で無類の強さを誇り、マラソン転向後には好成績を残しました。しかし、念願だったオリンピック出場がかなわず、35歳で引退。セカンドキャリアの形成に悩んだと言います。加納さんにお話を伺いました。

1走ることに全てを捧げた10代

子供の頃は「おてんば娘」と言われていました。
七五三のときには、着物を着付けしてもらったのに遊びたいのが我慢できず、着物のまま自転車で遊びに行ったこともありましたね。

走ることが好きで得意な子どもでした。
5歳年上の兄も陸上競技をやっていたので競技会を見に行ったり、テレビでマラソン大会の中継を見たりして、陸上をやるのも見るもの楽しいと思うようになりました。
小学生のマラソン大会に出場するようになり、市の大会や県の大会で優勝を重ねました。
小学5年生のときにはトラック競技も始め、13歳のときには全国大会に出場するようになりました。

中学2年生になった頃、陸上部の顧問の先生が転勤してしまい、独学で走りの練習をすることになりましたが、独学での練習も楽しく、上位の成績を残すことができました。
自分で決めた目標に対して向かっていくことが楽しかったですね。

高校は陸上の強豪校に特待生として入学しました。
中学までは楽しかった陸上競技が、高校からはルーティンの日々で楽しくなくなっていきました。
朝4時半に起きて、5時半の電車に乗って練習に行き、授業が終わった後も夜遅くまで練習。
帰宅するのは夜8時過ぎという毎日が続きました。

練習のメニューも決まっていて管理が厳しく、「○○でなければならない」という選手像が決められているような感じでした。
中学生のときは独学で練習をして結果を出していたので、他人からメニューを指示されるのがしんどかったですね。
入学当初はこの環境に慣れず、思うように結果が出せませんでした。
でも、負けず嫌いな性格だったので、練習をなあなあにするつもりはありませんでした。

練習に打ち込むために、笑うことをやめました。
練習以外で自分のエネルギーを使いたくなかったからです。
陸上部や自分のクラスで笑うことはありましたが、他の部活やクラスの人に笑うことはありませんでした。
それだけ練習に集中したかったんです。
練習の甲斐あって、高校3年生のときには都道府県対抗女子駅伝で区間賞を獲得できました。

2憧れのオリンピック出場を目指して

大学生になってからは、自分たち主体で練習メニューを組み立てられるようになり、再び陸上競技が楽しくなっていきました。
コーチと一緒に目標設定をして、そこを目指して練習やレースに取り組んでいきました。

この頃から陸上選手としての脚光を浴びるようになっていきました。
5,000メートルや10,000メートルといったトラックの長距離種目で優勝を重ね、学生の日本代表にも選ばれるようになりました。
大学卒業後も競技者としてやっていこうと決意を固めたのはこの頃。
日本代表になったことで、もっとレベルの高い世界で闘ってみたいと思ったんです。

大学卒業後は大手化粧品会社に入社し、会社のランニングクラブに所属。
駅伝の国際大会や実業団の大会でチームを優勝に導きました。
初めて挑戦したフルマラソンの2007年大阪国際女子マラソン大会では3位に入賞し、その年に大阪で開催された世界選手権の補欠に選ばれました。
良い成績を納める一方で、学生の頃と比べると「勝ちきれない」感覚がありました。
この頃から、マラソンでオリンピックに出場することが目標に。
人生2回目のフルマラソンの北海道マラソンでは優勝を飾りましたが、2008年の北京オリンピックでは代表に選ばれませんでした。

「世界で戦える選手になる」「マラソンで勝つ」と決めて、トレーニングに励みました。
どんな目標を立てて、どんなレースに出場して、どんな走りをするのか。
勝つとはどういうことかを具体的に考えて調整するようになりました。
2009年にはベルリン世界選手権に出場して7位に入賞しました。

その後も、2012年のロンドンオリンピックに出場することを目標に、日々トレーニングを重ねました。
しかし、練習のし過ぎで足や肋骨の疲労骨折をしてしまい、予定していた代表選考レースには出場できませんでした。
疲労骨折が治った後、国内最後の選考レースに出場しましたが、全く走れず不本意な結果に終わり、オリンピック出場はかないませんでした。
33歳のときでした。

この頃から座骨に痛みを感じるようになり、痛みを我慢しながらレースや練習をこなしていました。
あるレースのために海外で合宿していたのですが、思うような練習ができず、最低限の練習をして帰国しました。
このとき、レースに対して気持ちが向かわなくなっている自分に気づきました。

これまでも、自分の思い通りのトレーニングができないことはありました。
しかし、1年以上痛みを我慢しながらトレーニングを続け、年齢を重ねるごとに疲労も回復しにくくなっていく中で、今後思うような練習ができるのだろうか、と考えるようになっていたのです。

これはもう企業に所属して競技を続けるメンタルじゃない。
チームの監督に「これ以上、痛みと闘いながらレースをするのは無理です」と告げました。
監督は「今すぐに辞める必要はないんじゃないか。休養してから復帰すればいいのでは」と言ってくれましたが、私の決意は揺らぎませんでした。
「痛みに我慢して練習してもオリンピック代表に選ばれる見込みがないなら辞めます」。
2014年5月、私はマラソン選手を引退しました。

3現役引退後のセカンドキャリアの道しるべを

競技のプレッシャーからは解放されましたが、その先のことは考えていませんでした。
やりたいことがなかったんです。
いろいろな人に会って話をしても走ること以外に好きなことが見つからず、35歳になって初めて自分を見つめ直しました。

見つめ直した結果、セカンドキャリアとして選んだのは「走ることを活かした仕事」でした。
走ること以外に好きなことがないのを最大の強みにして、多くの人に走る喜びや目標を達成する喜びを伝えていきたいと思ったんです。
現在はマラソンのゲストランナー、市民ランナーへの指導・コーチ、講演・執筆などさまざまな仕事をしています。

アスリートには、現役時代に最も自分の価値があって、引退したら価値がなくなってしまうと思っている人も多いですが、決してそんなことはありません。
その価値を社会のニーズに照らし合わせれば、自分にしか歩めないセカンドキャリアを作っていけるんです。

そのためには現役のときから外の刺激を与え続けることが大事です。
スポーツとは違う業界の人の話を聞いてみるのも大切だと思います。
競技を引退する選手が、私みたいな悩みを持たないよう人生を考える習慣を当たり前にする場所も作っていきたいです。
そのためには、社会に向き合って、いろいろなことに挑戦して成功することが大事だと思います。

例えば私は執筆の仕事をするにあたり、文章を書く技術も中学生からやり直すつもりで勉強しました。
段階的に自分の成長を認めていくことで少しずつ自信をつけていきました。
私がいろいろなことに挑戦して成功すれば、引退アスリートのセカンドキャリアへの道しるべになると思うんです。

最近はSNSなどで積極的に発信しているスポーツ選手もいて、良い流れだと思います。
最近は後輩の選手から発信の方法を相談されることも増えました。
現役のときから自らの活動を発信して記録に残していけば、将来見返してそのときのことを話せるんです。
それが引退してからの仕事に繋がるかもしれません。
現役を引退してから、高校生のときに封印した笑顔を解禁しましたが、笑顔の作り方も大切だと思いますよ(笑)。

競技をしていたときは順位と記録があったので、これが結果として成績に残ります。
でも、仕事には明確な順位と記録の基準がありません。
仕事をする人によって、その価値観は違うので、一つひとつの仕事に真摯に取り組み、仕事を引き受けた以上の価値を仕事で返すようにしています。

私の目標は、現役の選手が競技を通して社会で活躍できるような、人間を形成していく仕組みを作ることです。
オリンピックでメダルを取った選手は知名度を活かして解説の仕事もできるので、セカンドキャリアも作りやすいです。
しかし、それ以外の選手は就職活動をしなければならず、やりたくない仕事を選んでしまう人も多いんです。
現役のうちに働く上でのスキルやマインドを身につけておけば、引退して社会に出ても慌てることは少なくなります。

メダリストになれなかった選手はこれからもどんどん出てきます。
メダリストを目指すのもスポーツ選手として大事なことです。
でも、メダリストになれなかったとき、加納由理という人物のセカンドキャリアを見て、引退後も楽しい人生を歩めそうだなと思ってもらえたらうれしいですね。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年5月)のものです

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