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東大で感じた違和感を人生の糧に「教育格差をなくす」
【NPO法人「Learning for All」代表理事・李炯植(り ひょんしぎ)】

目次
  1. 公立と私立、教育環境の違いを痛感
  2. 良い環境を与えれば、子どもは良い方向に変わる
  3. 子どもの声から社会が変わる仕組み作りを

人はどのようにして大切にしたい価値観に気づき、人生の軸を見つけるのか。各界で活躍する方の人生ストーリーから紐解きます。今回は、NPO法人「Learning for All(LFA)」の代表理事・李炯植さんをご紹介。

貧困地域と呼ばれるエリアで育った李さんは、勉強を重ねて東京大学に合格したものの、同級生と育った環境が違うことへのギャップに苦しみました。現在はLFAで、経済格差の原因の1つである教育格差を改善するため、貧困など困難を抱える子どもたちへ学習支援と居場所支援を行い、すべての子どもたちが自分の可能性を信じ、自分の力で人生を切り拓くことのできる社会の実現を目指しています。お話を伺いました。

1公立と私立、教育環境の違いを痛感

兵庫県尼崎市で、3人兄妹の長男として育ちました。
近所にはホームレスがいたり、自宅の前には不法投棄された車があったりする貧困世帯が多い地域でした。
介護が必要な祖母と同居していて、祖母のお世話を手伝ったり、母親と一緒にご飯を作ったりと、小さい頃から自立した環境で暮らしていましたね。

小学6年生のクラスは児童の半分がひとり親世帯で、中には生活保護世帯の子もいました。
6年生の2学期、担任の女性の先生に「中学校はどこに行くのか」と質問されたので、「近所の公立中学校に行こうと思います」と答えました。
すると先生は「君は地元の公立ではなく、私立に行って勉強したほうがいい。東大に行ける頭脳があるんだから」と言ってくれたんです。
その上、家庭教師をつけて公立よりも偏差値の高い私立の中高一貫校にいくことを提案し、両親の説得までしてくれたんです。

僕に私立を勧めてくれた先生は授業の中で、グループでの学びを重視していました。
6人1組になって、勉強が分かる子が分からない子に教えたり、国語の教科書の読めない漢字にルビを振ったりして、先生をサポートする形で、同級生に勉強を教えていました。
そんな僕の姿を見て、私立に行くことを提案してくれたのかもしれません。
勉強自体は嫌いじゃなかったし、先生が「東大に行ける」と期待してくれていたのが、うれしかったですね。

勉強を重ねて中高一貫の私立校に合格し、特進コースに入りました。
その学校は元々そこまで偏差値が高くありませんでしたが、特進コースのために優秀な先生が集まって教えてくれたので、中学の3年間で学力は伸びていきました。
一方で、僕が住む地域の公立中学区は荒れていて、学力がなかなか伸びにくい環境で、大学に進む卒業生はほとんどいませんでした。
公立と私立で環境は違うんだなと思いましたね。

高校1年生の時、小学6年生の時のクラス同窓会が開かれました。
そこには、普通科ではなく商業高校に通う子、ケンカをして高校を退学した子、妊娠したので高校を辞めて子どもを産むと言っている子、いろんな境遇の友達と再会しました。
公立と私立の環境の違いをさらに感じましたね。

高校2年生の時、僕の恩師である小学6年時の担任の先生と久しぶりに会う機会がありました。
先生は、僕がきちんと勉強しているか確認をしに来たんです。
僕が先生に「今はそんなに勉強していない」と言うと、先生は「そんな事じゃダメだ。君はぼろ雑巾のように絞られる環境にいないといけない」と言ったんです。

その後、先生は進学率が高い有名な塾に勝手に申し込んでくれたんです。
期待されているんだったらと思い、そこから猛勉強して学力を高めた結果、東京大学に合格できました。
奨学金をもらい、18年間生まれ育った故郷を離れ、2009年に上京しました。

2良い環境を与えれば、子どもは良い方向に変わる

東大では周りの学生とのギャップに苦しみましたね。
僕の家庭と違って、裕福な家庭の子どもが多くて、東大生は恵まれているなと思ったのと同時に、社会って階層化されているんだなと感じましたね。

学部は教育哲学を専攻しましたが、入学から1年半ほどはあまり身を入れて勉強していませんでした。
でも、2年生の時、ある教授の授業にハマりました。
教授は人文科学について、歴史や宗教を織り交ぜながら、たくさんの哲学を語ってくれるんです。
最初は内容が全く理解できませんでした。

教授は「君たちは、高校生の学力しかないんだから本を読みなさい。 言語体験が足りなさすぎる」と言ったんです。
高校生の学力しかないというのには違和感がありましたが、この言葉に影響されて本を読み込むようになりました。

本を読めば読むほど、勉強すればするほど、自分たちの知らない世界を知ることができる喜びを感じました。
たくさんの知識を蓄えていく中、自分の原体験にあった貧困と教育に関心が向くようになりました。

同じく大学2年生の時、成人式に参加するため地元に帰りました。
成人式の会場にはベビーカーをひいた友達がいました。
話を聞くと、子どもが3人いてシングルマザーとして生活していると言うんです。

僕は教育の機会を与えてもらい、東京で奨学金をもらって大学で学んでいる。
同級生はきちんと教育の機会を与えられず、勉強ができない。
同級生との教育格差が広がっていると痛感しましたね。

成人式での出来事を東大の同級生たちに話すと、「自己責任じゃないか」「もっと勉強すればいい」「元々、出来が悪いのでは」と言ったんです。

ちょっと待て。今の君たちの環境は誰に与えてもらっているんだ。勘違いするなと、心の底から思いました。
僕の地元には、弟の世話があって塾に行きたくても行けなかった子、専門学校に行きたかったけど親が学費を出してくれず、泣く泣く高校卒業後に働く子、勉強したくても出来ない子もいました。
経済格差から来る教育格差は、絶対に解決しなければいけないと思いましたね。

大学3年の冬休み、教育関連のNPO法人「Teach For Japan(TFJ)」が一事業として展開していた生活保護世帯の子ども支援活動「Learning for All(LFA)」にボランティアで参加しました。
東京都葛飾区にある拠点で、週に数時間、放課後支援で勉強を教えていくんです。

最初は勉強が理解できなかった子どもも多くいましたが、丁寧に教えることで子どもたちの学力が伸びていきました。
子どもたちに良い環境を与えれば、良い方向に変わっていくんだと実感しましたね。

僕は将来、学者になりたいと思って勉強していましたが、ボランティアとして子どもたちに接していく中で「それは違うな」と思うようになりました。
このまま僕が大学を卒業して学者になったら、ピカピカ輝いた人生を歩んでしまいます。
そんな人生を歩んだら、地元で過ごした人生を捨ててしまうような気がして、輝いた人生を歩む気にはなれなかったんです。
東大生活で感じた同級生への違和感・モヤモヤを抱えながら人生を歩んでいこうと決意しました。

3子どもの声から社会が変わる仕組み作りを

もっと格差が生み出す問題の研究をしたかったので就職はせず、大学院に進みました。
その頃、LFAがTFJの学習支援事業だけ引き継いで独立することになりました。
LFAで東京・関西拠点の責任者をしていた僕は大学院を休学して団体の立ち上げに関わることになりました。

そして2015年夏、LFAの代表理事になりました。
学習支援や居場所の提供などを通じ、子どもたちが本来持つ力を最大限に発揮し、学力格差による貧困の連鎖に巻き込まれないような仕組み作りをしています。
年間1,000人ほどの子どもの支援をしていて、首都圏を中心に20ヶ所以上の拠点があります。

今後は、子どもの声から社会が変わる仕組みを作っていきたいと思っています。
子どもの貧困対策の政策は、現場の声が届いていないのが現状です。
子どもたちを支援している団体は本当に頑張っていて、子どもたちの声をよく聞き、ニーズに対応していると思います。
しかし、それが政策に反映されていないんです。
こうした状況から、子どもの貧困対策は国の予算があまり多くついていません。
現場の課題解決に取り組み、実践する。
その成果を紹介し、政策に反映する。
現場の声が届いて政策に反映する仕組みを作っていきたいです。

そのためには、現場で支援をしている人たちのネットワークを構築していく必要があります。
各地域で子どもたちの支援をしている人たちは、素晴らしいノウハウを持っているのですが、その情報共有がきちんとされていないんです。
こちらも私たちが橋渡し役になって、包括的に支援していきます。
横の繋がりが大きな塊になれば、より政策に反映されていくと思います。

生きづらさを抱えている子どもたちには、「助けてくれる大人は必ずいると信じてほしい」と言いたいです。
それは身近な人ではないかも知れないけど、あなたに手を差し伸べてくれる人は必ずいる。
あなたは誰かに大切にされている。これだけは忘れないでほしい。

全ての子どもには、備わった力があります。
その力を引き出せないのは、大人が作った環境のせいです。
私たちは事業を通じて環境を整備し直し、子どもたちが能力の花を咲かせるように支援をし続けていきます。

※掲載している情報は、記事執筆時点(2020年4月)のものです

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